Ⅺ 女王の昔話 1. 再会 1
ネムズの森で、赤のポーン、ジャスミン・ルフェの催したお茶会が慌しく幕を下ろした後、プロミーは招待を受けるために葉を引き抜いた道端の木の前に佇んでいた。賑やかな時をひとたび振り返った。旅立ちの時から一緒にいた小鹿が、プロミーを元気付けるように、瞳を明るく輝かせた。プロミーは再び旅の道に戻った。
翌日の昼下がり、赤の同盟都市に程近い小さな町にプロミーはたどり着いた。ここはノラと言う。ノラは人通りの多い、活気溢れる町だった。
この町では、行商人や旅人が明るく挨拶を交わす場面が多かった。行商人たちは、別の隊を待つ者や、新たな隊を組むために人を集める者、古い仲間を待つ冒険者や、これからパーティを探す者など、待ち合わせをする者たちの姿が多く目に付いた。
町中を歩いていると、プロミーはたまに行商人から「護衛の役はどうだい?」と声をかけられた。立派な長剣を携えていたため、剣の腕で稼ぐ者と間違われたらしかった。
プロミーは歩きながら地図を見つめた。地図上では、この町は主要街道“僧侶の道”が二本斜めに交差している。西大陸北西部の行商の中継地点として物流を集積し、交通の便も良いので、仲間集めの冒険者が集まるのだった。
プロミーは教会へ向かっていると、一人の騎士に声を掛けられた。
「――プロミーさん、ですね」
プロミーは声の主を見上げた。見慣れた騎士だった。
「お久しぶりです、プロミーさん」
白の王城で顔を合わせて以来の再会だった。
「これから待ち合わせの草原まであなたのお供を致します」
白のナイト、ラベルだった。
「ありがとうございます、ラベルさん」
プロミーは仲間に会い、遠慮がちに喜んだ。ラベルは城の守りから離れ、赤のポーンバスクが入城した。城の守り手が一人減ることは、ゲームを不利にすることであり、プロミーは少し申し訳なく思った。ラベルはプロミーの引け目を感じる心を払うようにほほ笑んだ。プロミーは教会への道を進み、ラベルが付き添った。
「お一人で旅をして苦労されているかと思っていましたが、すっかり冒険者が板についたようですね」
ラベルは愛馬と共に歩きながら、プロミーに言った。
「小鹿がいてくれたから良かったです」
プロミーとラベルは教会へ着いた。教会には昼休みにチェスの進捗を聞きに来た町の人たちや冒険者たちが集まっていた。僧侶は皆の前で話した。
「八月二十六日。チェス第二十六日目。白の同盟都市ハイスでは、白のポーン、行商人のガーラさんがいますが、そこに赤の城からシーフのクレア・フローさんが会いに行きました。試合になるかはまだ分かっていません」
僧侶の話を聞いていた一人の武器屋の親父が質問した。
「赤のビショップが隠したっていう白の駒のクロスは見つかりそうなのかい?」
僧侶は首を横に振った。
「すみませんが、そのお話はまだこちらには届いておりません。ただ今白の王城ではビショップのマーブル様が探しておられます」
「そうかい。頑張れって伝えておいてくれや!」
周りでは大声で笑いが広まった。
「この町ノラでは、昨日より赤のポーンの方がお泊りになられています。今日、もう一人の赤のポーンの方が到着する予定です。おそらくお二人は合流される予定でしょう。白のナイトの方が昨日よりお泊りになられております。今日は白のポーンの方がお二人この町を通るでしょう。そのうち一人は夕方に到着することになるでしょう」
僧侶の話が終わると、プロミーとラベルは目立たないようにその場を離れた。
教会を出ると、プロミーとラベルは近くの食堂で昼食にした。
「昨日から泊まっているという赤のポーンは、ピコット・ミルです、ラベルさん。私と半日違いで移動していました。合流するのは位置的にたぶんジャスミンさんだと思います。夕方に到着する白のポーンはクオさんだと思います。リアさんはノラに寄らず、直接草原へ向かうと思います」
「クオさんを待ちますか?」
プロミーは首を横に振った。
「いいえ、私達だけで先を急ぎましょう」
「分かりました」
ラベルはプロミーの決意を感じた。
プロミーは早く赤の王城へ行けるよう、休まず旅を続けていた。魔剣の鞘が体力を回復する力を持つせいか、疲れは覚えなかった。そして早く赤の王と戦いたい、と思った。
食堂では常連客や旅人達の話し声が聞こえた。
「白の幻湖の騎士ロッドは残念だったな」
中年のおやじがビール片手に呟いた。
「弓使いが試合中のナイト達に余計なことをしたんだってな」
若い商人の青年が答えた。
「赤の国は勝つために手段を選ばないよなぁ」
おやじは続けた。
「今、もう一人の白のナイトがこの町にいるってよ。何でもアリスを守りに来たってさ」
盗賊の凜々しい女性が白ワインのグラスを揺らした。
「今の所、赤より白の方が人気だな」
ワンピース姿の少年が力説した。
「私はクイーンが勝負の鍵を握ると思うわ」
十才くらいの眼鏡の少女がビールの小ジョッキを両手で支えながら話に入った。
「クイーンは力が拮抗していると、戦いに出ないよね」
「お客さん、お料理だにゃ!」
猫耳の女給がプロミーとラベルの前に温かな料理を置いた。プロミーが白身魚とじゃがいもを揚げた物、ラベルが牛肉を炒めた物だった。プロミーは静かに食事をしながら、後ろで新聞を声を出して読む若い青年の声を聞いていた。
「赤のポーン、運び屋ルーマは本日ドラゴンでキール村に到着予定であり、白の王都シエララントの東の草原には二十九日夕に到着予定である。赤の草原には紅白それぞれのポーンが集まり、二十九日夕には到着することが見込まれる……」
プロミーは食べ終わると言った。
「それでは行きましょう、ラベルさん」
ラベルは頷いた。