Ⅹ-ii 本を隠すなら図書館の中 (8月26日~8月27日) 3. 西日の会合
「もしもアリスがクロスを失ったら、白の王さまは目覚めるのでしょうか?」
小春が思いついた疑問を要に尋ねた。ここは要と小春がよく会う大図書館三階、西側入口近くにあるカフェコーナーだった。小春は今日は生け花サークルが休みで、午後からこの人の寄らない静かな部屋へ訪れていた。
要は小春と今日八月二十六日に更新された物語について話をしていた。紅雲楼の読者の交流ページも盛り上がっていた。要の夢の主人公ジークは旅を続け、小春の夢では主人公のルーマが赤の王城から白の王城へ向けて旅をしていた。
今日も小春は和装姿で美しかった。姿勢が正しく、軽く施した化粧は優しげな雰囲気を出していた。要は小春の質問にはっきりしない答えを出した。今日は朝は雨で、今は曇り空だった。
「どうなんでしょう。王様はそのまま通常の夢使いに戻るような気がしますね。夢でプレイヤーの行動を見るという。でも、それではフェアじゃない気もしますね。王様がそのまま起きてしまう、というのも考えづらいですが、ありえることですね。王城で他のプレイヤーと一緒に作戦会議に参加するのでしょうか」
「赤のプレイヤーが王の間に訪れた時、起きていた王様が挑戦を受けて立つのでしょうか」
小春は疑問を投げた。そして要はふっと笑い、小春にも伝播した。
「様になりませんね」
「少し滑稽でしたね」
要は手元に置いてあったインスタントコーヒーを一口飲んだ。苦味が心地良かった。その手で近くにあった灰色の傘の柄に触れて存在を確かめた。小春は尋ねた。
「夢の中で要さんの主人公のジークさんはお強かったですよね」
「そうですね。戦いの時の冷徹さは尊敬しました」
要はあまり人に言うことのない本心を小春に話した。
「ジークは私が男性だったらこんな人がいいな、という憧れですね」
普段要は自分が男性に似ている、と思うことがあった。そしてためしに男性になってみたらどうなるだろう、と思っていた。それをかなえてくれた“The Chess”は面白かった。夢の中の主人公に対しては、恋にも似ているし、自分を拡大した感じもした。ジークの冷徹さが自分に合っていた。
要は“The Chess”を借りている間、不思議とジークに見守られているような気がした。それを要は受け入れていた。不思議な本があってもいい、と要は思った。
小春は金魚の柄の水筒の蓋をあけ、カップにお茶を注いだ。そしてカップの底を左手で支えながらお茶を飲んだ。所作が美しかった。要は可愛い、と思った。小春は要を見てにこりと笑った。
「要さんとのお話は楽しいですよ。いつもありがとうございます」
小春が改まって礼を言った。
「私もです。こちらこそ」
要は小春に笑顔で返した。外では曇り空の隙間から、西日が射していた。