Ⅹ-ii 本を隠すなら図書館の中 (8月26日~8月27日) 2. 西大陸の魔法本
えんじと豊とくりは文庫本とその不思議な本を持って一度地下の書庫から地上に戻った。夜も遅かったので、ひとまず今日はえんじが本を家へ持って帰って調べることにした。
えんじは帰宅しベッドに座って落ち着くと、その本を再び開いてみた。最初見知らぬ文字が浮かび上がるように光を放つが、しばらくすると眼が慣れるように文字が読めた。今度は教会の場面だった。
えんじはこの本が、いつも紅雲楼で配信される“The Chess”の原本なのかと予想した。この本と同じものが図書館の中のどこかで管理されていて、読者に見た夢の分だけネット上に配信しているのかと思った。
えんじは今度はとりあえず、一ページ目を開いてみた。文字は読めなかったが、どうやら目次のページだということが“分かった”。そのページをじっと見ていると、文字が鳴動するように明滅した。ページの上から下へ目を移すと、文字が流れた。まるで頭がごちゃごちゃになったように“情報量が多すぎて”読めなかった。次のページを開いた。そこにはこう書かれていた。『鏡の国の者、西大陸の版を出版す。この本を塔の町に献呈する』。
それからぱらぱらと数ページ開いてみた。そこには、古の魔術師リン・アーデンの冒険や、セラムのよいどれ魔術師の逸話などチェスよりも古い時代の話が書かれていた。
えんじはゆっくり本を眺めた。時間が経つと、この本の“読み方”が分かってきた。この本は、じっくり読むといつまでも物語が続き、聞いたことが無くて興味のない話だと、すぐ次の話に移った。一度ページを閉じ、えんじはエンドのことを考えて本を開いた。するとそのページには、エンドとパズルが赤の同盟都市に入ったことが記されていた。
本に眼が慣れてきた所でえんじは再び本を閉じて、文字の分からぬ背表紙をじっくり見つめた。よく“読もう”とすると、『西大陸』と書かれているのが分かった。えんじは合点した。
「これは西大陸の魔法本――」
翌日大図書館四階外国語資料コーナーにえんじと豊とくりは集まった。それから観葉植物の陰になって通行人からは隠れるベンチで三人は並んで座った。
「この本は、魔法本みたいさね。西大陸の古今東西が書かれている」
えんじは二人に本を開きながら観察して分かったことを伝えた。豊はえんじの実証に胸を躍らせ、くりは静かに頷いた。眼には何か含むことがあるように輝かせていた。
「この本をどうしたらいいですか、くりさん」
えんじは話し終わると、司書であるくりに助言を頼んだ。このままえんじが持っていたら、図書館の本を盗難したことになるのではないかと恐れていた。くりは逆に楽しそうにえんじと豊に言った。
「『鏡の国のアリス』の文庫は、私が元の位置に戻して、紅雲楼でも貸出可能に直しておきます。この赤い本は、この図書館の蔵書目録にはない物なので、えんじが持って読んでいていいと思います」
えんじと豊は驚いた。この本が図書館の物ではないとくりはばっさりと言った。くりは続けた。
「心配ないです。元の持ち主が、明日の館内が“お休みの日”の真夜中に顔を見せると思うので、その時に本を渡せばいいですよ。それまでえんじと豊で持って読んでいて大丈夫です」
くりの物知り顔な発言に、豊は質問した。
「“お休みの日”の真夜中って、くりさんがその人に会われるのですか?」
くりは目元に笑みをこぼした。
「時間が良ければ“皆”で行きましょう。今日はイベントで閉館時間が二十一時を過ぎるので、それから夜中まで館内で待っていましょう」
「大丈夫ですか、くりさん」
司書の豪胆な計画に、豊が不安になって尋ねた。えんじははっと思い出した。
「待ち合わせ場所は“鏡の館”ですか? くりさん」
くりは我が意を得たり、と頷いた。
「開かない茶の扉の一つである『Through The Looking-Glass and What Alice Found There』の部屋の鍵は私が用意しておきます」
「ところでこの本は、“The Chess”の運営と関係あると思いますか、くりさん?」
えんじは事情に通じているらしい司書に尋ねた。司書は「いいえ」と答えた。
「“The Chess”のネット配信は、館内のコンピューターからされているものなので、この本は関係ないです。そのコンピューターの元となっている原本は、この本とは“出版者”が違います。この本は、ずっと探している人がいるので、その人に渡すのが私たちにとって一番いいと思います」
くりは口元をほころばせて協力者たちを見た。えんじとゆたかは何かを知っているくりにこれからの計画を任せることにした。