ⅹ 星送りと花送り 4. ジャスミンのティーパーティ 6
「ところで白の皆さんは、星霜院って知ってますよね? 西大陸の魔女は五つの館に分かれていて、大国の王家の葬儀を司っているという話です。白の国は星霜院ですけど赤の国は花草院なんです」
プロミーはよく意味が分からないという風に首を傾げた。クオが説明した。
「花草院とは花葬を行う場所である。花葬とは要は火葬のことで火の代わりになる花弁で荼毘に付す儀式のことを言う」
「花葬はきれいなんですよ。私は子どもの頃デンファーレ王の国から遠い国で見たことがあるんですが、木の豪奢な棺桶に収められた王様のお体をピンクの花びらが舞ってですね、その花びらが故人を激しく燃やしていくんですよ。そのお姿は“花舞う、花散る、花燃ゆる”って言葉がぴったりなんですよ。
星霜院では王さまは星となって永い間自分の国を見守りながらゆっくりした時間をお過ごしになられ、一方の花草院では王さまの亡骸を激しく美しく燃やして、生を花のように燃やすことを良しとするんですよね」
ジャスミンはテーブルに飾っていたガラスの花瓶から一輪の薄紫色のデンファーレを取り、ゆらゆらと揺らした。
「もともとデンファーレ王家は西大陸に古くからある名家蘭族に連なる由緒ある大国なんですよ。蘭族の血筋は西大陸中にいらっしゃって、一大勢力なんですよ。デンファーレ王には一つお噂があって、美しい薄紫色の御髪をお持ちなんですが、生まれてこのかた洗髪を欠かした日が無いと言われてるんですよ」
反応に困る微妙な噂だ、とクオは思った。
「あの、ジャスミンさん、すみません……。すっかりなごやかにお話しているところを申し訳ないのですが、参加者の中のどなたかに“当たり”のカップがあるのですよね……」
プロミーはほのぼのとした雰囲気を壊さないように、気を使いながら茶会の主人にそぉっと尋ねた。そういえば何故かいつまで経っても誰も“当たらなかった”。クオも訝った。いや、本当は自分が当たりを引いていたのかも知れないが……。
ジャスミンもその疑問に同意して小首を傾げて呟いた。
「おかしいですねぇ。私以外のティーカップにはちゃんと“当たり”を仕込んでおいたはずなんですけどねぇぇ??」
このとぼけた女主人は、何の罪悪感もなく平然と不思議がりながら不正を口にこぼした。クオはすかさず叫んだ。
「お前! それはいかさまだろっ!!」
実はこの茶会に喚ばれた時から、クオは何とはなしにそうなるだろう、とは思ってはいのだが。それでも一言言わずにいられないのは持って生まれた性だった。クオは額に手を当てた。
「俺は盗賊と暗殺者の町ウィンデラ育ちだから、幼い頃から毒草の類はいたずらに使われていたから毒には耐性がある」
「あの、たぶん私は実体ではないので毒が効かなかったのだと思います……」
プロミーは、逆に申し訳なさそうにジャスミンに言った。
「いや、プロミー、ここは謝るところじゃなくて……」
「僕もこの世界の毒は効かないんです」
リアは肩をすくめてさらりと言った。クオはその言葉に一瞬息を呑んでリアを見た。その意味を理解したのは、この場ではクオだけのようだった。リアは小さく苦笑した。
しかし、まぁ、揃いも揃って毒茶の会には不向きな客ばかりが集まったものだ、とクオは呆れかえった。そういう自分も含めてなのだが。ふと、これもアルビノの魔術師の末裔だと名乗るレンの予想内のことだったのか、という思いが湧き上がった。情報通のビショップのラルゴなら、クオやリアのことを予め知っていたかも知れない。そして、プロミーが毒が効かないであろう事も、レンが先に予測していたのなら――。もう一組のポーンたちに迂回路を行かせたのも、そのためだったのかも知れない。
「うぅん。じゃあ、楽しかったので、皆さんこれでお開きにしますかぁ?」
「っておい! ちょっと待て!」
しばし考えに耽っていたクオの横で、マイペースに宴の終幕を告げる女主人に、クオは慌てて制止した。ジャスミンは、どこにそんな素早さがあったのかとばかりに、テーブルクロスをざっと引いた。茶器から茶菓子からすべてが宙に舞い、テーブルクロスは広がって行った。
「それでは、皆さんまた会いましょう……。……。……」
気付くとクオは森の中、旅の道で一人で立っていた。
「いったい何だったんだ……」
クオはぼんやり呟いた。