ⅹ 星送りと花送り 4. ジャスミンのティーパーティ 5
女主人は、あくび交じりに宴の開始を告げた。
「えぇと、これで全員ですねぇ。赤の王都へ向かっているもう一組の白のポーンの方々は、ここからは離れすぎちゃっていますし、このそばに向かっている白のナイトの方は、残念なことに、この森を避けちゃったようですしね。それでは、始めましょうかぁ?」
女主人はそう言うと、手元に伏せてあったカップを人数分並べ、ポットにお湯を注いだ。
「では、お茶会を始めますね。このティーカップの中の一つには“当たり”があります。当たりには眠り薬が入っていまして、引いてしまった人は、チェスが終わるまで眠ってしまいます。誰かが眠りに入れば、このお茶会は終わりです。皆さん元の場所に戻れます。毒が効くにはしばらく時間がかかるので、その間はせっかく集まったのだから、楽しくお茶をしましょう」
お茶会の女主人はにっこり微笑みながら会の説明をした。のんびりとした雰囲気とはうらはらに、リスクが高かった。チェスの間眠ってしまうとは、もしプロミーに当たってしまったら、王城で示した作戦が出来なくなる。
女主人は紅茶を淹れ終えると、それぞれ参加者の手元に優しく配った。クオの心配をよそに、プロミーは動じることもなく「いただきます」と言って、赤い液体を飲んだ。そして「美味しいです」と女主人に礼を言った。リアはクオの方に一つ苦笑して見せてから、カップを仰いだ。クオはその様子に仕方なく、自分も紅茶に一口口を付けた。甘さの中に少しの苦味があった。草の味に似ていた。その場はとりあえず誰も異変が起きることは無かった。女主人は皆が紅茶を飲んだことを見て取ると、明るく参加者をもてなした。
「皆さん、お菓子もどうぞ。痺れ薬も眠り薬も混ぜてませんから。このりんごは特においしいんですよ。西大陸でも珍しい、土から掘ったりんごです。あぁ、アリスさんには、マフィンを皿に取り分けて差し上げますねぇ」
そう言って女主人はマフィンをにこやかにプロミーの前に勧めた。
クオは試しにクッキーを一枚取ってみた。キツネ色の表面には『キングはクイーンの1/3』という、チェスの諺が可愛らしい飾り文字で記されていた。
「他にも色々あるんですよ。『チェスプレイヤーのお給料。ナイト八万、ビショップ十三万、ルーク十四万、クイーンが二十七万、キングが八万』『ビショップ揃えばクイーンより強し』『ナイト一人でメイトができる! そりゃあ伝説の黒騎士だけさ』『ルークは丸い』」
女主人はニコニコしながらクッキーの由来を説明した。
「このクッキーは赤の王都から一番近い宗教都市ヒメネスの修道院でお土産として作られた物なんですよ。西大陸でも有数の観光都市でもあるので、今度ぜひ旅でいらして下さいませ。あ、あと、この白いモッツァレラチーズに赤いミニトマトを乗せたカプレーゼもお勧めですよ。ところで皆さんはチェスのゲームの中で好きな人との出会いってありましたか? あー、プロミーさんはロッドさんがお好きなんですよね?」
クオは紅茶を飲んでいたがいきなりの話でむせた。眠気を催すお茶会に突然ガールズトークが始まって居心地が悪くなった。クオにはこの話に乗るようなネタがない。プロミーが俯きながら答えた。
「私はゲームが終わると消えてしまう幻影ですし、ロッドさまのお気持ちは分かりません……」
「ゲームが終わって王様の夢に戻った時、ロッドさんの夢を訪えばいいんじゃないですか」
ジャスミンは能天気に言った。
「そんなことができるんですか……?」
プロミーはふっと顔を上げジャスミンを見つめた。
「夢使いの王様は昔、知人の夢枕に立つことがおできになったそうですよ。きっと白の王様もできるんじゃないでしょうか」
曖昧な答えに再びプロミーは下を向いた。女主人は楽天的に話を続けた。
「私はお似合いだと思いますよ。プロミーさんとロッドさんは。ところで、リアさんは誰かいらっしゃるのですか?」
リアは話を振られて、曖昧に笑った。
「僕のことは秘密、ということにして頂けますか?」
クオは次は自分に話が振られると思い、その前に女主人に先手を打った。
「そういうお前は、誰かいい人がいたのか?」
ジャスミンはにこりと笑った。
「はい。いますよ。ふふふ。赤の王城にいる時に知り合ったんですよ。私はあんまりポーンとは名前もなかなか覚えられなくてソリも合わなかったんですが、その時話が合う人を見つけたんですよね。このゲームが終わったら、一緒に旅しようって約束しているんですよ。土から掘ったりんごが大好物なんですよ」
「それは結構なことだ」
クオはジャスミンの惚気に毒づくように一言呟いた。この茶会の女主人は性格はテンポがずれているが見た目は美人である。さぞやその恋人は美形なのだろう、とクオは想像した。
「ところでクオさんはどなたか新しく出会われた方はいらっしゃらないのですか? ガーラさんとかは?」
クオはやはり聞かれたな、と思った。クオはそっけなく答えた。
「そういう間柄ではない」
「じゃ、やっぱり幼馴染の……」
「それも違う」
「ここは意外性を突いてレン・アーデンさん?」
「そんなわけないだろ」
「もしかして夢の中の女学生さんなんてどうでしょう?」
「あのなぁ……」
「それじゃ、恩人のフィエルさん?」
「違う。なぜその話まで知っている?」
ジャスミンの詮索はそこで諦めたように止まった。
「男女の友情もありますもんね。ジークさんとルーマさんはよく二人で話されていますけど、そういう浮いた仲ではなさそうですし。逆になぜデンファーレ王とアキレス女王が結婚されたのか分からないですよ。デンファーレ王は陰でクロスを盗むフーガをポーンに任命したり、ビショップのブラックベリの陰謀をアキレス女王に隠れて承認したりして陰湿なのに、アキレス女王は竹を割ったような女傑ですからね」
「それを赤のポーンのお前が愚痴ってもいいのか?」
クオはこの会話が誰か赤の者に聞かれていないか心配になった。赤のデンファーレ王は夢使いでプレイヤーの冒険を夢で見ているという。この場だけは見逃されていたらいいが。
リアがこくりこくりと眠たそうにしていた。クオははっとしリアを小さな声で呼んだ。リアは呼ばれて眠りから帰ってきて苦笑した。
ジャスミンは悪びれず話を続けた。
「私は怪しいと思っているんですよ。デンファーレ王とブラックベリさんですね。いつも距離が近いんですよ。ブラックベリさんは女性ですし、綺麗な方ですし」
「そうなんですか」
プロミーがジャスミンの暴走する話に自分のテンポで付いて行くように相槌を打った。クオはうんざりしたようにもう一度紅茶を一口飲んだ。