ⅹ 星送りと花送り 4. ジャスミンのティーパーティ 2
白の王城で、ポーンたちが木の葉に記された赤のポーンのアサシンからのティーパーティーの招待状を受け取った時、クオは乗り気ではなかった。当たり前である。暗殺者すなわち毒草使いからのお茶会とは、まったく肝試しである。招待状には、『どうぞ“ご自由に”足をお運び下さい』とあったので、招待は受けないつもりでいた。
ところが当日、街道をクオが一人で歩いていた時、アサシンはその“罠師”としての能力を使って招待客を無理やり会場に呼び寄せた。それは単純明快な“落とし穴”であった。
招待状には茶会に参加するには手近な葉を一枚引き抜くよう書かれてあったが、それはアサシンが使う一種の異空間魔術であることをクオは了解していた。アサシンは標的とする者に“鍵”となる物と、ささやかな“条件”を示して空間の穴を使って己の元に誘い込み、そこで己の仕事をこなす。その能力は“罠師”と呼ばれる。その名の由来は、かの者たちはそう頻繁に暗殺の依頼があるわけではないので、普段はその能力で猛獣狩りをして生計を立てているからである。アサシンの使う空間の穴は通称“ウサギ穴”と呼ばれる。
昼を過ぎ、やや眠気の誘われるゆるやかな道をクオが歩いている時、ふと肩に提げている白い鞄が震えだした。と、思う間に鞄は肩から外れて野兎のように道の上を跳びはねながら駆け出したのだった。どうも鞄に誰かの魔力が働いているらしかった。それが白の王城で捨てたはずの招待状の葉が、こっそり鞄の中に忍び込んでいたからだと気付いたのは、後の祭りとなってからのことだったのだが。
鞄は進むごとに跳ね上がる高さを増していき、クオが追いついた時には、案の定、街道脇の樹木の枝に引っかかっていた。クオは嫌な予感がした。その時には、これが今日の午後に開かれるアサシンのお茶会と関連があることを渋々了解していた。
鞄はもう動いてはいなかったが、食料その他旅の必需品が詰め込まれたそれをそのまま放っておくわけにもいかず、クオは仕方なく鞄を“慎重に”下ろすことにした。もし鞄を下ろす時に小枝の先の木の葉が一枚でも落ちたら、アサシンの思惑通り異空間を伝わって毒茶の会に飛び込むことになるのが予想されたからだった。
クオは枝にぶら下がった鞄を直接手で引き下ろすのは得策ではないと考え、魔術で鞄だけを動かすことにし、木の枝は揺らさないように、そおっとかの物を浮かばせた。じっくりと、ゆっくりと、慎重に……。
鞄は生い茂る小枝の間をゆらりゆらりと掻い潜り、なんとか茂みの中から解放された。クオは「良しっ!」と心の中で笑い、宙に浮かぶ鞄をさっと手元に引き寄せた。が、クオの鞄が虚空を通って持ち主の元に届いた途端、持ち主は鞄を抱えた状態で突然バランスを崩してよろめいた。クオが鞄を受け止めた瞬間、すうっと足元の地面が消えたためだった。一瞬にして森の街道の風景は、地を掘ったような縦穴トンネルの景色に変わってしまった。罠師の仕掛けた異空間の穴に引き込まれたのだった。クオはそのまま“ウサギ穴”に落下していった。
「しくじったのかっ?」
と苦虫を噛み潰しながら、クオは最初どうして罠が発動したか分からなかった。が、落下しながら冷静に鞄を観察すると、肩当の付け根に緑の葉が一枚引っかかっているのが見つかった。それは鞄が木の枝に引っかかった時に付着したものらしかった。その鞄を魔術で引き寄せたクオが、“葉を引き抜いた”と見なされたようだった。クオは木の葉を摘み取ると、それをトンネルの底に落とした。木の葉はひらひらとたゆたい、奥の見えないトンネルの底へと消えていった。
それにしてもやけに長かった。しばらく経ち、今までどれくらいの深さを落ちたのかはわからなかったが、なかなか目的の場所にはたどり着かない様子だった。
クオは空間と空間をつなげて渡るという感覚は、これが初めてではなかった。空間の道は、いつもトンネル仕立てになっているわけではなく、術者によりその風景は違うものだった。特に上級の者の場合なら、空間と空間を通り抜けているという感覚に気付く間もなく目的の場所に到着してしまう。
だからクオは、いつまでも果てることなく続く落下感に、少し不安になり始めた。どこかチェス開催六十四都市より外の、とんでもない場所に飛ばされているのではないかと感じ始めた。
「どこまで行くつもりだか。このままだと南大陸か東大陸に抜けそうだぞ……」
そんな時、急に森の少し開けた場所にすとんと落ちた。頭には、木の葉が一枚ひらひらと降って来た。
「ようこそ! うぅんと、“特徴:黒ローブ、釣り目”――クオ・ブレインさん、ですか?」
陽だまりのような黄金色の髪の上に白頭巾をふんわりかぶった茶会の主が、参加者リストの巻物を広げて、呆然としたクオと交互に見比べながら、出席者の確認をした。その首元には古びた金鎖の懐中時計とともに、赤石の嵌め込まれたクロスが提げられていた。
「ああ。で、ここはどこだ?」
「“森の奥、少し広くなっている場所”です」
「っておい、それじゃわからないだろ」
クオは頭の上の葉を掻き落とすと、立ち上がって苦々しげに主催者を見やった。しかし茶会の主はまったく頓着せずに、元気に自己紹介を始めた。
「ようこそお茶会へ! 私はジャスミン・ルフェと申します。ジャスミンはハーブの名前、ルフェは古の青年王を狙った女アサシンの名前です。覚えていただけましたか? えぇと、あなたは……クオ・ブレインさん、ですよね?」
招待主ジャスミンは、クオの名を呼ぶ時、もう一度巻物を目で確認した。
「みなさんよく一度で名前を覚えられますよね。プレイヤーは全部で三十三人もいるんですよ? 初めて会う人同士でさえ、すぐ相手の名前が浮かぶようじゃないですか?
私なんて赤の王城で何度か他のプレイヤーさんと顔を合わせても、一人も顔と名前と職業が一致しませんよ。お名前を伺っても、みんな似たような短くて紛らわしい名前ばかりで、聞いたそばから忘れてしまうんですよねぇ。フーガとフローとか分からなくなりますよね。
だから、こうやってプレイヤーの特徴が書いてある参加者リストと見比べながらじゃないと、誰が誰だかなんてわかんないんですよ」
クオは罠師の話に毒気を抜かれて呟いた。
「まぁ、一理あるかもな」