ⅹ 星送りと花送り 4. ジャスミンのティーパーティ 1
クオはその白頭巾に鼻眼鏡をかけた、とぼけた感じの茶会の招待主も確かに気になった。
この赤のポーン、ジャスミン・ルフェは、日陰がひんやり気持ちのいい森の中に、萌黄色と白の市松模様のこぎれいなクロスを掛けたテーブルと、同じ柄のふかふかのクッションをのせた木の椅子を用意して、招待状の予告通りに、客たちをのんびりと待ち構えていた。テーブルの上には、木の葉模様のティーセットと、焼きたてのクッキーやほかほかのマフィンや真っ赤なりんごの鉢が並べられ、かわいらしい茶会の舞台が整えられていた。女主人は薄緑色のワンピースの上に茶色のケープを羽織り、どこかの魔法学校生のような地味な装いをしていたが、その襟元には、アサシンを表す剣の紋章が刺繍されていた。
この女主人が誰を待っているのかは、突然“招かれた”クオには分からなかった。今のところ、他の人間はいない。尋ねてみても、招待主は首に提げた金鎖の懐中時計を見て「はい、時間が来るまではっきりしないのです。お待ち下さいねぇ」とあやふやに答えただけだった。
だが、クオはそれよりも、その女主人の後ろで“歩いている”、人間くらいの体長で、細い手足や大きな目鼻、それに大きな口のついた無害そうな(というより能天気そうといった方が正しい)“にんじん”の方が数百倍注意を引いた。この得体の知れない生き物は、動物なのかモンスターの類なのかはよく分からない。が、どうもこのアサシンが開いたお茶会の関係者であるらしく、何の違和感もなくその会場にいた。もしくは、イレギュラーな珍客なのかも知れない。クオがこの場に引き寄せられた時にはすでに森にいて、とにかく主催者ジャスミンには気になっていないようだった。
だが、その生物はふらふら人間のように歩いてはたまに転び、その度に手に持っているティーカップを割っている。
「……」
クオは主催者が待っている“招待客”が揃うまでの間、用意されていた木の椅子に腰掛けて、テーブルに肘を付きながら謎の生き物を目で追って観察していた。ジャスミンは、この生物がカップを割ってしまうと、不平もなくにこやかに次の紅茶を新しいカップに注いでやっていた。その度に歩くその生き物は、大きな目の下にある頬の部分らしき場所をぱぁっと紅潮させて、その紅茶に口をつけるわけでもなく、再びスキップしたり飛び跳ねたりしながら森の中をうろうろと漂っていた。なんだかほのぼのとした光景である――。
魔術師はこのお茶会自体がよく分からなかった。だが、なぜか奇妙な生き物の方がずっと気を引いた。客のその様子に、しばらく時間が経ってからようやく気付いた女主人は、小首を傾げながら間のびした声で、逆にクオに尋ねたのだった。
「あぁ、あの歩くにんじんって、何なのでしょうねぇ? 私がここに来る前から、すでにいたんですよ。まぁ、襲ってくるわけでもないし、お茶を差し上げてもいいかなぁって思ったんですが。あ、もしかして十番目の白のポーンの方じゃないですか? 九人目がいるなら、きっと十人目もいますよね? ね、そうでしょ?」
「……。……おい。それは違う」
どうもピントが外れている、とクオは頭を抱えた。このとぼけた招待主と歩くにんじんがかもし出す、一種独特の夢の中にいるような雰囲気は、こちらまで気が抜けてしまう。
八月二十五日。森の奥、少し広くなっている場所。眠たくなるような午後三時。そこで、このほわんとした暗殺者ジャスミン・ルフェが主催する、喜劇でいかさまなティーパーティーが幕を開けるところだった。