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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅹ 星送りと花送り
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ⅹ 星送りと花送り 3. 職人の手 3

 翌日も山道が続いた。エンドとパズルは黙しながら淡々と旅の道を進んだ。そろそろ夕方になり、野営の準備をしようかという時、周りの木々がいきなりざわめいた。それは風が吹いたわけではなかった。エンドは咄嗟に後ろを振り向いて魔槍を前に掲げた。強い魔法が通り抜ける気配がした。やや遅かった。エンドの頬に赤い血が流れた。エンドが後ろを振り返ると、そこには緑の葉が落ちていた。


「パズル、大丈夫か」


 エンドは魔槍を前にかざしたまま、後ろにいたパズルに尋ねた。


「ええ、僕は大丈夫です」


 パズルはエンドの一歩後ろで楽器を構えていた。


 再び大きな魔法が二人に向かって吹きかけてきた。エンドは呪文を唱え魔槍の氷のような防御壁を現した。しかし前から吹きかけてくる魔法は魔槍よりも強く、防御壁を破って魔槍の持ち主を細かく傷付けた。エンドは魔法の主の気配を探った。目の前にはそれらしき者はいなかった。


「エンド、大丈夫ですかっ?」


 二回目の攻撃の後静けさが戻り、パズルがエンドに尋ねた。


「僕の魔法アイテムでは一瞬の魔法には対応できないです、すみません、エンド」


 エンドは後ろを振り向かず一つ頷くと、前を向いたまま耳を澄ませた。斜め前で木がかさり、と音を立てた。エンドはそこで魔法が動く気配を聞き取った。すぐさま魔槍を振り、かまいたちを現し木の枝を薙いだ。緑の長い髪の背の高い女性が森の影から現れた。耳はとがり、髪には小さな葉が付いていた。


「ようこそ、白のポーン。この先は赤の同盟都市ですよ」


 女性は玲瓏な声で挨拶をした。風もないのに森の木々が揺れた。エンドは戦い慣れた騎士の勘で、相手が人間以上の魔力の持ち主だと悟った。女性はエンドとパズルをゆるりと交互に見やった。女性はしばし睨み合った後、自己紹介をした。


「私の名はオリーブ。私はドリヤードと人間のハーフ。攻撃は魔法のみ。ここは緩衝都市を抜けて赤の王都に近い。お手合わせして下さるかしら? 白のポーン」


 エンドは注意を逸らさぬまま己も名乗った。


「私の名はエンドワイズ・ジェイン。職業は騎士。武器は魔槍」


 警戒しながらパズルも名乗った。


「僕の名前はパズル・マイクロフト。魔法アイテム職人です」


 エンドはオリーブに一つ重く問うた。


「戦いは“試合”か?」


 オリーブは長い首を横に振った。


「いいえ。“軽い”お手合わせだけで結構」


 エンドは重く頷いた。


「了承した」


 オリーブは軽く頷くと、再び消えた。瞬間移動ができる者、ということだった。木々がざわめき、空気が荒立たった。エンドは後ろを振り向いて短く告げた。


「パズル、援護を頼む」


「わかりました……!」


 その言葉と同時に、前方から竜巻が現れた。竜巻は山道をまっすぐエンドに向けて直進してきた。渦の中には木の葉や木の枝が巻き上がっていた。エンドは魔槍を前に掲げ、強く横に薙ぎ払った。空間を切るような大きな魔法の刃が現れ、竜巻に横一文字にぶつかった。竜巻は力が弱まった。エンドは防御壁を再び現し、竜巻を受け止めるよう屹立した。パズルは力強く短いフレーズを爪弾いた。エンドの魔槍に嵌めてある魔法石が強く光り、防御壁が厚くなった。竜巻は防御壁に触れると再び力が弱まった。が、その中にあった葉や枝が防御壁を超えて魔槍を掲げる者にぶつかった。竜巻のエネルギーの方が上だった。エンドは増える切り傷に耐えながら、竜巻を止めた。


「まだ、終わりではありませんよ」


 森の奥から声がした。オリーブは姿を見せぬまま、攻撃を放った。森の大木が揺れ葉が舞った。その緑の葉が刃物となって四方からエンドに向かった。魔槍の防御壁は前方のみであり、後ろは守れなかった。エンドは体中に軽い傷を負った。再び同じ攻撃が起こった。その痛みの中、エンドは魔法が発生する元の気配を探った。日が傾きかけて、辺りは影を帯びてきた。エンドは魔槍を一つ振り、攻撃を掛けてくる木々の幹にかまいたちで切り付けた。攻撃魔法は止んだ。

 一度静かになると、エンドは遠くの木の葉に向け魔槍を振った。風の刃が一点を狙った。木がざわめき、ドリヤードが再び現れた。


「もう、終わりかしら?」


 オリーブは冷淡に尋ねた。エンドは魔法試合は得意ではない。人間の魔術師でも相手に出来ない異種族の者を相手に、勝ちを譲らない訳にはいかなかった。エンドは魔槍を構えたまま黙した。


 その時、パズルはオリーブに近寄った。パズルの武器が攻撃魔法を使えないことを察知しているオリーブは気構えずにいた。パズルは右手でかの者の細い手首を握った。オリーブは慌てず、パズルを冷たく見やった。


「あら、どうしましたか? 職人さん」


 パズルはオリーブを睨んだ。緑の眼は静かに憤懣を蓄えていた。空は夜の黒が迫っていた。


「……職人の手は、魔法が使えるんですよ!」


 そう言うと、パズルはオリーブの手首を掴んだ手にぐっと力を込めた。


「!!」


 パズルの手から電流のような激しいしびれが流れた。オリーブは突然の攻撃に一時意識を失ってくずおれた。パズルはそれを見ると手を離し、エンドの元へ行った。


「大丈夫ですか、エンド」


「……パズル、今のは?」


「いつも魔法アイテムを手当てしているのと同じ原理ですよ」


 パズルは低い声で答えた。オリーブが意識を戻すと、パズルはオリーブに短く告げた。怒りが含まれていた。


「そろそろ夜ですよ」


 オリーブはゆっくり立ち上がった。


「驚いたわ。では、また会いましょう。赤の城の前で」


 そう残すと、ドリヤードは姿を消した。


「今日はここで休むとしよう」


 辺りが静かになると、エンドは静かに腰を下ろした。ランタンに明かりを灯し、パズルはエンドの手当てをした。エンドは全身に切り傷を負い、パズルはアルコールで消毒していった。それから魔槍に目を遣った。


「明日、次の町に着いたら、そこで休みましょう、エンド。魔槍のメンテナンスをしますよ」


 エンドは頷いた。


「そうだな。ありがとう、パズル」


 簡単な手当てが終わると、二人は夕食を摂り、そのまま眠った。

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