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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅹ 星送りと花送り
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ⅹ 星送りと花送り 3. 職人の手 2

「今日はこの町で宿を取りましょうか、エンド」


 人混みを歩きながら、パズルはエンドに言った。エンドは頷いた。


「そうだな。旅も十日以上歩き続けてきた。まだ集合場所の赤の草原まで時間に余裕があるから、ここで一旦足を休めるのもいいのではないか」


 パズルは元気よく肯った。


「賛成です。僕はここで旅の道具も補充しておこうと思います! それと、この楽器の最終仕上げをこの町でしたいので、少しこの町で時間を下さい」


「分かった」


 エンドとパズルは一件の宿屋で旅の荷を下ろした。そこはエンドがティルスに寄った時によく泊まる宿だった。ティルスはこの辺りの町の中でも大きい町だった。ゆえに旅人はこの町で小休止し旅支度を整え直すことが多かった。二人はそこで宿泊部屋を確認すると、教会へ向かった。


 教会は人気が無かった。まだ夕べの祈りの時間には少し早かった。エンドとパズルが姿を見せると、杖をついた青い僧服の年老いた僧侶が旅人を温かく迎えた。


「ようこそ、ジェイン卿と旅の方よ。この町に足を止められた縁を祝福いたします」


 僧侶は微笑んだ。この教会の僧侶はエンドとは顔なじみだった。


「チェスの方はどうでしたか?」


 パズルが明るく尋ねた。僧侶は重々しく答えた。


「はい。今日の知らせが届いております。八月二十一日。今日は“試合”はありませんでした。午前中、赤のポーンの騎士バスクが白の王城に入城し、ナイトに昇格しました。チェックはかけておりません。今日はこれだけです」


「そうか。バスクが昇格したか……」


 エンドは短く呟いた。その声には喜色が浮かんでいた。そして己を鼓舞するようだった。


「良かったですね、エンド」


 パズルが親友の嬉しそうな様子を見て言った。


 それからエンドとパズルは僧侶に礼をすると、教会を出た。その後、エンドは珍しき武器が並ぶ露店を散策し、パズルは魔法アイテムを扱う商店で必要な物を探し歩いた。夕方が過ぎる頃、二人は旅人が集い情報が飛び交う酒場で夕食を摂った。その後パズルは早めに宿へ戻り、楽器をさらに複雑な音楽を奏でられるようメンテナンスした。エンドは酒場に居残り情報を集めた。そのようにしてその日は二人は夜遅くに就寝した。


 翌日はそれぞれ旅の荷を整理し、洗濯など旅の中で出来なかったことを行った。パズルはそれが終わると持ち前の職人気質で、部屋にこもり楽器の改良を一日中続けていた。そのようにして二日が経過した。


 パズルはこれから夕食に向かうエンドに喜びの顔を見せた。


「遅くなってすみません、エンド。時間がかかったけど、これが決定版のつもりです! 明日には出発できますよ!」


 エンドは職人が掲げた楽器を見た。よく磨かれた弦楽器は形や弦の数は変わらないが、魔法の重みが増したように見えた。


「そうか。それは良かったな」


 エンドは満足げに喜ぶ親友に深く頷くと、二人は酒場へ向かった。


 翌日の早朝、エンドとパズルは出発前に教会へ立ち寄った。僧侶は暁鐘の知らせを伝えると、旅人達に言った。


「この町はあと二日歩けば赤の同盟都市に入ります。そこでは赤のポーンがいらっしゃいます。どうかお気を付け下さい」


 エンドは静かに頷き、パズルは礼を言った。


「分かりました! ありがとうございます」


 それから二人は僧侶に別れの挨拶をして、ティルスを出発した。



 ティルスを出たエンドとパズルは、山道に差し掛かった所で日が暮れた。空が紫から黒に変わる前に、二人はその場で野宿の準備をした。


 二人は夕暮れ時にパンと干し肉の夕食を済ませた。夜になると焚火を熾し、その前に向かい合って座り、それぞれエンドは魔槍を磨き、パズルは手持ちの楽器を爪弾いた。パズルの楽器の音色に土が囁き、石が淡く光を輝かせた。パズルは耳を澄ませて音楽を聴いた。


 静かな夜の中、ふとパズルは音楽を止めた。そして明るく呟いた。


「面白い発明を思いつきましたよ、エンド!」


 エンドは手を止め、親友の話を聞いた。


「夢の中で見たんですが、FAXと言って手紙が遠い家まで届くんですよ。これを人で応用すれば、瞬間移動もできますよ! これで魔法が魔術を超えられますよ!」


 エンドは職人の突飛な発想に反論した。


「FAXは私も見た。しかしあの機械は手紙が瞬間移動するわけではなく、文字情報を複製して遠い家に届けているはずだ。人で同じようにすれば、人がコピーされることになるのではないか? 元になった人はどうするつもりか」


 パズルはきっぱり言ってのけた。


「消しますよ」


 パズルの冗談ともつかない表情にエンドは黙した。この魔法アイテム職人は職人魂が熱くなると、常軌を逸する。パズルは座り直すと何か思い出したように話を代えた。それはまるで誰かに語りかけるようだった。


「僕たち、チェスに参加しているけど、別に盤上のチェスが得意なわけではないんですよね、エンド」


 遠い所に話すような親友の様子に、エンドは相槌を打った。


「私も盤上のチェスはしない。プレイヤーの中には紅白の王のように、チェスが得意な者もいるのだが。騎士の中には嗜みとして技術を身に着けている者もいるが、たいていのプレイヤー、特にポーンはあまり得意な者は少ないようだ」


 パズルはふわりとあくびをした。


「僕はエンドと旅が出来て良かったですよ」


 パズルはそれを言うと眠りの準備をした。エンドは深く頷いた。


「そうだな」


 エンドは火を消し、体を休める小フロストに背を預けた。


「もし本当にずっとそばにいたいなら、それは伝えた方がいいと思う」


 エンドは心の中で低く呟いた。


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