ⅹ 星送りと花送り 2. 星葬
「今日はお別れを告げに参りました、バスク」
白い愛馬を引き連れて現れたラベルはバスクに戦いの終わりを伝えた。旅支度の格好をしていた。バスクとラベルはフローが入城した後も引き続き毎日朝から夕方まで戦っていた。決着が付かないまま十日余りが経っていた。
草原に朝もやが残っていた。ラベルが話を続けた。
「昨日ロッドが試合に負けました。プロミーさんと旅が出来なくなってしまったので、私が代わりに付き添うようレンさんから伝令が来ました。これから出発するので、あなたは自由になります」
ラベルの顔色は変わらなかったが、バスクは相手の心の内に、苦味や焦燥、バスクを応援する爽やかさを感じた。
「ご武運お祈りしております」
「変わった奴だな。敵に塩を送るのか」
バスクは皮肉を言った。しかしラベルは大らかに笑った。
「戦ってどちらかが無理に決着を付けようとすればできた所を、同じ力量と見定めた相手に敬意を持って無茶はしない戦い方を見て、戦いの礼儀を知る方だとみとめました。
去年のチェスの約束を果たして欲しいという思いは、王も思っておられることだろうと思います。この先を進むとルークのブラッカリヒトが魔術であなたを城に引き入れます。ナイトに昇格した後、もし王の間へ進むようでしたら、ブラッカリヒトが異空間魔術を使って戦うでしょう。でもあなたなら、そんな無理をしないと王城では判断しました。
それでは、私はこれで」
そう言うとラベルは愛馬に乗り出立した。バスクは入城した。
「トマトトマト!」
二十一日ぶりに愛馬に乗ろうとしていたバスクの背後に、ふわふわと宙に浮かんだ子どもの魔女が、いつの間にか現れた。
「こいつはブラッディ……」
「トマトトマト!」
その変わった子どもは、バスクが馬の呼び名を訂正しても聞かずに、空中を横切って赤馬ブラッディ・アースに近寄って来た。バスクは急いで止めようとした。かの馬は気が荒く、乗り手以外は子どもであろうと容赦なく蹴倒す。しかし小さな魔女は、騎手の心配を気にも止めずに、無邪気に馬の首をポンポンと叩いてじゃれつき始めた。バスクは息を呑んだ。しかしそれは杞憂となった。荒馬は相棒の予想とはうらはらに、暴れることなく、子どもの乱暴なじゃれつきに身を任せていた。バスクは感心した。ブラッディ・アースが気に入る者とは珍しい。
「お前の名は?」
子ども魔女はとがった八重歯をむきだして、にかっと笑った。
「ワタはピアスン・ワトソンぜよ! お前は?」
「俺の名はバスクだ。ピアスン・ワトソン、その名はプレイヤーの参加者リストで見た名だな?」
ピアスン・ワトソンは、ブラッディ・アースの背の真上であぐらをかいた格好でぷかぷか浮かび、答えた。
「そうぜよ。ワタは白のポーンぜよ! でも駒のクロスが無くなってしまったから、ずっと王城にいるぜよ」
バスクはここに来るまでに教会で聞いた話を思い出した。白のポーンの一人がクロスが消えてしまったこと、それは赤のビショップが隠していること。その不正をされた者が目の前の子どもの魔女というわけだ、と合点した。
「ワタのクロスは友達のマーブルが必死で探してくれてるぜよ」
「魔女が僧侶と友達なのは珍しい、よな?」
魔女は葬送という形で己の信仰を持っている。教会の僧侶とは合い入れないはずだった。しかし子ども魔女は首をぶんぶん横に振った。
「そんなことはないぜよ! マーブルは昔からの友達ぜよ。魔女は王家とは密接に関わりがあるし、王城の中のことを教えてくれるのは教会の僧侶ぜよ。魔女と僧侶は同じ魔法学を探究する仲間ぜよ。王さまの為に尽くす所も一緒ぜよ」
「意外だな」
バスクはこの小さな魔女との話が楽しくなった。
「スターチス王家の魔女と言えば星葬だな?」
小さな魔女も新しい話し相手を気に入ったとばかり、表情を明るくして語った。
「ワタは小さい頃に一度だけ、ワトソン母さまにくっついて星送りに参加したことがあるぜよ。小船に王さまの棺を乗せて、九人の魔女が魔法で舟を漕ぎながら夜空へ飛び立つんぜよ。黒い宇宙の中に王さまの棺を流して、王さまがワタたちの星の周りを回れるようにお送りするんぜよ」
バスクは小さい頃星葬の話を聞いたことがあった。が、魔女たちは空気のない宇宙へ生身で行くなど現実味が無く不思議なおとぎ話だと記憶していた。しかしこの子ども魔女は絵空事を語っているわけではない、とバスクは感じた。
「宇宙では星はどのように見えるんだ?」
「地上では瞬いて見えるけど、宇宙では点に見えるぜよ」
ピアスン・ワトソンは明朗に答えた。
「ピアスン母さまは、星送りで宇宙に送られた王さまは、幾星霜も空の上から自分の国を見守り、二千年に一度、地上に帰ってくると教えてくれたぜよ」
星葬の王家では、祖先の王が宇宙から気の遠くなるような年月を見守っているという。
王が故国に帰還するという考えは、星霜院だけではなかった。
西大陸の魔女の五つの館の一つに水想院がある。海辺の国などであり、水葬が行われる。そこでは海に王の遺体を流し、海の底にある異界の扉へと王を送ると言われている。そして年月が経った後、王が異界から帰還して国を守ると伝えられている。古の王の里帰りとはどのようなものなのだろう、とバスクは思った。
「トマトは良い馬だな」
ピアスン・ワトソンが馬の背から避け、馬の首をポンポンと叩いた。バスクはそれを合図に赤馬に乗った。ブラッディ・アースは喜んだように一声嘶いた。
「お前もいい旅を、バスク!」
ピアスン・ワトソンはにかっと笑顔で送別の言葉を贈った。バスクは白の者は敵を励ます者ばかりだなと思った。
「俺は不正にあった者の援けはしないが、不正は好きではない。お前もクロスが回復すればいいな」
「ありがとうぜよ」
バスクはピアスン・ワトソンの礼を背にして、馬を駆った。