表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅹ 星送りと花送り
170/259

ⅹ 星送りと花送り 1. 情報戦 3

 チェス十七日目の朝、ブラックベリが大聖堂の町ニストへ見回りに行く、という情報を得た。マーブルは大鳩のいる小屋へ急ぎ、青い大鳩を小屋から呼び寄せ旅の支度をした。久しぶりの遠出だった。屋根裏部屋の窓からしか受けられなかった日の光が今は全身に浴び、旅立つ心のエネルギーとなった。マーブルは十字架型の錫杖を片手に大鳩に乗った。大鳩は大聖堂の町ニスト目掛けて飛び立った。


 ニストは観光客の多い町である。かの町は大聖堂が建てられる前は、何もない田舎町だった。その昔、近隣の町ヌクエラにより集まって住んでいたベリの一族が大聖堂を建てる為町ごと土地を購入した。そして近隣にあった赤の国を始め、ベリの者が政治的に忍び込んだ幾つかの大国から寄付や裏の金などを集めながら大きな聖堂の建設に着手した。


 今でも建築中の大聖堂は一つの城のように大きく、幾つもある尖塔が目印の壮大な建物だった。町には冒険者だけでなく貧富を問わず観光客も呼び、西大陸だけでなく他の大陸からも人を集める大都市であった。


 マーブルは大聖堂の町ニストに到着すると、専用の降下場に大鳩をとめた。西大陸の教会には視察や探究の知識交換の為僧侶が教会を行き来していた。それ故大きな教会では来客用に大鳩が降り立つスペースを空けた専用の場所があった。


 マーブルは巨大な建物の中へ入って行った。


 聖堂の中では町の人がささやきを交わしながら井戸端会議をしたり、旅人が足を休めていたりした。大きなドームを見上げ、美しいステンドグラスに見入る観光に訪れた者も多かった。マーブルは奥へと進み、祭壇にいる一人の中年の黒衣の僧侶を見付けた。


「あなたがこの聖堂の長ですか?」


 マーブルは白の駒のクロスを示し、尋ねた。中年の僧侶は「はい」と答えた。


「白のビショップを任された私が命じます。敗戦者のクロスを預かる箱の中身を見せて下さい」


 中年の僧侶は訪問者の言葉をきっぱりと断った。


「ブラックベリ様の命令により拒否します。今日ブラックベリ様がこちらにいらっしゃいますので、その時にお話しして下さい」


「私を足止めするのですね。その前にビショップの権限でこの聖堂を探させて貰います」


「それは……」


 聖堂の長は戸惑ったようだった。マーブルは祭壇横の聖具室へ入り、クロスを収める箱を探した。箱はすぐに見つかった。開いてみると、クロスは入っていなかった。マーブルは考えた。箱の中には無くとも、聖堂のどこかにあるかも知れなかった。ブラックベリが白の僧侶がニストに来ることを見越してニストの僧侶の誰かの懐に隠させたことが考えられた。もしくはこの広い聖堂のどこか、例えば鐘の裏などに隠してしまったかも知れない。もし箱の中にしまわれていなかったら、晩鐘の時王城にある魔法本にクロスの場所が記される。ブラックベリはマーブルが先にこの教会に訪れてしまったので、ここに来ないかも知れない。しかし晩鐘まで待てば事は明るみに出る。その時までここで待つことにした。


 マーブルは緊張しながら待っていた。眼ではニストの教会の僧侶が不審なことをしていないか見張っていた。


 教会で晩鐘が鳴った。祭壇に虹色の伝書鳩がふっと現れた。マーブルは聖堂の長を押しのけ、先にその伝書鳩の足に留められた紙を外し、読んだ。赤の王都からの晩鐘の知らせだった。ピアスン・ワトソンの名前があった。場所はヌクエラだった。


 マーブルの元に伝書鳩が一羽届いた。それはブラックベリに関してだった。ブラックベリは今日はニストへ行かず、これからヌクエラに行くという知らせだった。マーブルは急いで聖堂から出て、大鳩に乗ってヌクエラへ向かった。



 マーブルは夜の黒が空を覆う前にヌクエラへ飛び立った。まだ霧の僧侶がヌクエラに着いたという鳩の知らせは無かった。マーブルは考えた。なぜヌクエラでクロスを箱にしまっていなかったのか。それはブラックベリがマーブルが裏をかいてニストではなくヌクエラに探しに行った時の保険ではないかと思った。ニストもヌクエラもどちらの町もマーブルが狙っており、二つの町へはすぐ行き来ができる。ニストを探していたマーブルが気が変わってヌクエラへ行った時の為にヌクエラで僧侶の懐にクロスを仕舞っていたのかも知れない。


 ヌクエラは小さな町だった。マーブルは教会に着くと金の瞳の初老の僧侶に迫った。


「晩鐘の知らせにはここヌクエラに白のクロスがあると記されています! どうかクロスを渡して下さい」


 僧侶は渋った。


「そう言われましても、こちらにはありません。何かの間違いではありませんか?」


 マーブルは青い眼で訴えた。しかし金の眼の僧侶には通じなかった。


「もしかしたらこの町の誰かが盗まれたクロスを持っているのかも知れませんよ。私達ではありません。今日か明日ブラックベリ様が私達の教会へお越しになられますので、直接話されて下さいませんか?」


 押し問答を繰り返しても仕方が無かった。マーブルは教会の内部や聖具室を調べた。しかしクロスは見つからなかった。マーブルはブラックベリを待った。しかしかの者は現れず、マーブルは夜になると教会を去り、その日はその小さな町に泊まった。


 マーブルは早朝暁鐘前に教会へ行き、教会へ届けられた暁鐘の知らせを読んだ。やはりヌクエラにピアスン・ワトソンのクロスがあると記されていた。しかし僧侶はここにはないの一点張りだった。クロスがヌクエラにある以上、いつかブラックベリが現れると考え、マーブルは教会で待った。


 マーブルは時が経つのをじわりと感じながら霧の僧侶を待っていた。今ドロップの町の外れでは白のポーンリアが戦いで魔力を消耗して荒野で眠っていた。ドロップの外れは闇の僧侶の領分である。助けに行くのがビショップの役目だった。が、今はピアスン・ワトソンのクロスを見付ける千載一遇のチャンスである。ここで見逃したら次は無いかも知れない。ゆえにマーブルは、石のようにじっとブラックベリを待っていた。


 日の暮れた頃、マーブルは一羽の伝書鳩を受け取った。ブラックベリは鳩を使わず魔術で空間を渡ってニストへ行った、という知らせだった。マーブルは立ち上がると、瞬時にその意味を理解した。クロスはニストにあったということだった。今からニストへ行ってももう遅い。


 マーブルは振り返って考えた。ニストで読んだ晩鐘の知らせとヌクエラで読んだ暁鐘の知らせは偽物であったということになる。完全にブラックベリに翻弄されてしまった、とマーブルは思った。


 ブラックベリがニストへ行った後は、赤の王城へ戻りそれ以外行動は無かった。再び部下にクロスを渡し、どこかの町に預けたのだろう。マーブルの追跡は振出しに戻った。が、マーブルはクロスの隠し場所の推量が当たりブラックベリを動かしたことを思い、手がかりのない探し物にも打つ手はあると実感した。


 マーブルはヌクエラから白の王城へ飛び、再び情報収集に戻った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ