ⅹ 星送りと花送り 1. 情報戦 1
白の闇の僧侶マーブルは王城の礼拝堂で多くの光の伝書鳩が集まる屋根裏部屋に一人篭り、鳩から伝えられる新たな情報の中に自分が探している情報がないか見落とさないよう集中して鳥たちの声を聞いていた。鳩たちはチェスの出来事などを伝えるが、その他に赤の闇の僧侶ブラックベリの行動や噂話などの情報も集めるようにしていた。情報収集から十日も経つと、マーブルは件の僧侶の人となりに詳しくなった。
ベリを姓に持つ者は、いにしえでは流浪の民であった。金の瞳を持ち、生まれながらに魔力が高かった。ベリの祖先は伝説上、罪を犯した者と言われた。ゆえに昔はどこの国でも迫害を受け、人の住む領地に暮らすことを許されなかった。
今は差別を行う者はいないが、ベリの一族はその歴史のため一族が大きな事業を行い、存在の証にその業績を地に残すことを好んだ。例えば百年もかかる大聖堂を建設するなどである。それゆえベリの者は金銭を集めるため国の要職に就き陰で賄賂を得て、その富を建築のためにせっせと寄付していた。薄暗い行いを選ばない者の方が多いが、金銭の流れを掴むことに長けた者も多い。ブラックベリは後者だった。すでに教会組織には金の根回しが出来ていた。かの者は陰で不正をすることに慣れていた。
ブラックベリは赤の王デンファーレの重要な側近である。かの王も僧侶の所業は承知した上でゲームに勝つために不正を選んでいる、とマーブルは集めた情報から結論を下した。
ブラックベリが集めた富は、チェス六十四都市の一つニストの町の大聖堂の建立に流れていた。その教会ではブラックベリは大寄付主である。かの者の息がかかっているので、秘密を共有するには最適な場所だった。
もう一つブラックベリに関わる町がある。その大聖堂のすぐそばの町ヌクエラで、そこはかの僧侶の生まれ育った町だった。田舎町だが僧侶の身内も多く、クロスを隠す場所の候補となるだろう、とマーブルは分析していた。
最もクロスが隠されていそうな町の候補を二つに絞ったが、マーブルは探しに行けなかった。というのも、もし最初に行った町にクロスが無かったら、その町に二度目の訪問はしづらくなる。一度疑いが晴れると、二度目の追及はしづらい。しかしブラックベリだったらそれを承知でマーブルが訪れた後の町にクロスを置いて、追及を逃れることをするだろう。
マーブルはブラックベリが動くのを待った。ブラックベリは同じ町にクロスを置き続けるようなことはしない、との勘があった。クロスを長く隠すと、いずれその内緒にしていた者とは違う者が気付いてしまう可能性が高かった。
そこでマーブルが考えたのは、その町に“駒のクロスが隠されている”という噂を流すことだった。“クロスが盗まれた”ことは、すでに伝書鳩を扱う僧侶を介さずとも噂が市民に漏れていた。だから新しい噂を流しても、出所が白の王城からだと足が付かずに立ち回れるだろうと予想した。
マーブルの見込みでは、推論が当たっていれば、いつかブラックベリがクロスを移動させに動くだろう、と考えた。疑われた教会は、内部の僧侶や訪う市民の眼が光り、ブラックベリの部下でも動きづらくなるだろう。もし夜中に部下がクロスの移動をしたとしたら、それも足跡を残すことと同一となる。不審な動きは噂話になり、眠ることのない伝書鳩が盗人を見つけることになる。しかしブラックベリ本人なら、縁のある教会なので怪しまれずにクロスを移動することができるだろう。
もしブラックベリが件の町に行ったとしたら、その町へ直行し現場を取り押さえればよかった。もしブラックベリが動かなかったら、どちらにもクロスが無かった、ということになる。しかしその町はすでに疑われているので、再びクロスの隠し場所になる心配はなかった。
マーブルはブラックベリの動きを待った。