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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅸ-ii 白の王さま
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Ⅸ-ii 白の王さま (8月9日~8月12日) 4. 通告 1

 八月十一日九時三十分。真は大図書館一階噴水広場であさぎとほむらを待っていた。人通りは多く、広場では他にも涼しい水辺で本を読んでいる人たちが集まっていた。


 ほむらは待ち合わせ時間の十分前に集合場所に着いた。


「真、お早う」


「ほむら、今日はわざわざボランティアを休んでまでありがとう」


 その後間をおかず、あさぎが現れた。


「お早う、真さん。こちらが村田ほむらさんだね。どうも、保育学科三年伊藤あさぎと申します。今日は宜しくお願いします」


 あさぎは明るい笑顔で挨拶すると一礼した。ほむらもつられて頭を下げた。


「初めまして。真と同じ福祉家政学科二年の村田ほむらです」


 二人が挨拶を交わすと、あさぎは凛からの報告を二人に伝えた。


「今、甲府さんが杜田先生に会っていると連絡があったよ。詳しいことはまた後で連絡するって」


「あさぎさん、ありがとう」


 真は礼を言うと、三人はフードコートへ行った。


 フードコートは麺屋やサンドイッチなどの軽食や、パンケーキ店が軒を構える食堂街だった。食事は食券で賄う。客席は広く、食事に来た人がそのまま座って、海を見ながら寛ぐこともあった。三人は食堂が見渡せる場所に座った。他にも携帯端末を覗いて寛いでいる女学生がちらほらいた。


 十時になり店のシャッターが上がった。その中に、麺屋のシャッターを上げて開店の準備をしている人をほむらは見付けた。


「あの人だよ、真」


 ほむらは目立たないように、真に目線で示した。料理人の中では一人だけ若く、白い割烹着を着ているアルバイト生だった。真は頷いた。


「うん、顔を覚えたよ。ありがとう、ほむら」


 真はほむらに礼を言うと、「ちょっと待っていて下さい」と二人に告げ、パンケーキの店へ行った。そして持ち帰り用のパンケーキを六つ注文した。


「これは、今日のお礼だよ」


 真はほむらとあさぎに購入したパンケーキの箱を手渡した。


「ほむらには、アルバイトを変わってくれた人の分も渡すね」


「気を遣わなくても良かったんだけどな。うん、その友達にも今日のお昼に渡してくるよ。サンキュー真」


「いいのに、真さん」


 あさぎは遠慮ぎみにお礼を受け取った。ほむらは真に小声で呟くように言った。


「真、何だか私はメルローズに近付けたような気がする」


 真はほむらの独り言を静かに聞いた。


「それかメルローズが義を正す手助けをしてくれたみたいだ。この場面はメルローズが見ているのかな……。悪い、変なことを言ってしまったな」


「ありがとう、ほむら。助けてくれて。あちらの世界ではメルローズに試合で負けたけど、ロッドはメルローズに感謝していたよ。あさぎさんもありがとうございます。あさぎさんはエーデル女王に似ていますよね」


「クイーンは私の相棒で御座います。雲や霜も私がエーデル女王に似てると言ってたよ」


 三人はパンケーキの箱を鞄に仕舞った。真はそのままボランティアに戻るほむらと別れ、あさぎと一緒に雲が紙芝居をしている“白ねこ広場”へと向かった。



 紙芝居には子どもたちが集まっていた。霜が後ろで子どもたちを見守っていた。真とあさぎは霜のそばで畳に座って待っていた。


 十時四十分。紙芝居が終わり子どもたちが去ると、あさぎは掘りごたつに足を下ろし、雲と霜に首尾を話した。十一時を過ぎた頃、あさぎの携帯端末に凛の知らせが入った。


『甲府です。杜田先生には全部お話ししました。


 杜田先生は“The Chess”のことは十分ご存じで、大図書館の館長とも知り合いだということでした。この件は、大図書館の方に確認して事実を調べてくれるということです。大図書館の方で確認が終わったら、今日のお昼過ぎまでに速やかに佐々木燎さんのアカウントを凍結するそうです。それでもう嫌がらせのメッセージは来なくなるでしょう。


 それで夏休みが明けたら、佐々木燎さんを大学で呼び出して、話を聞くそうです。そこで過ちが確認されれば謝罪させるということでした。これで全部です。このことを佐々木燎さん本人に伝えて構いません。これで嫌がらせが無くなるといいですね。


 今私は大学にいますが、今からそちらに向かいます』


 あさぎは凛からのメッセージをその場にいた人たちに見せた。


「これで何とかなりそうだね、真さん。それじゃ、一緒に嫌がらせの犯人に通告しに行く?」


「はい、あさぎさん。相手に話すのはあさぎさんにお任せしていいですか?」


「了解!」


「二人で行ってきなよ。私と霜はここで留守番して、甲府さんを待っているから」


 雲が霜とともに留守を請け負った。真とあさぎは、再びフードコートへ向かった。



 件の人は、店先で客を待っていた。お昼前で、客はいなかった。あさぎは燎と顔を合わせると、厳しい顔つきで声を掛けた。胸元にはクロスが光っていた。


「佐々木燎さんですね?」


「はい、そうですが?」


 燎は不意を突かれ、驚いたように短く返した。


「私はつつじ女子大の学生です。“The Chess”の件で来ました。あなたが白のキングの読者に粘着メッセージを送っていましたので、大学の方へ通報しました。夏休み明けには、あなたは福祉家政学部の杜田先生に呼ばれるでしょう」


 燎は「はい?」と答えた。


「……もしかして、あなたは白のキングの方ですか?」


 動揺とふてぶてしさの間で燎は問うた。あさぎはきっぱり否定した。


「いいえ、私は関係者です。キングの読者の代わりにあなたに通告しに来ました」


 燎は最初意味が分からないという顔をしたが、あさぎの真剣さに意味を理解し始めた。


「“王様探し”のこと、ですよね? ゲームだと思ってたんですが」


「人を脅迫するゲームなんてありません。早ければお昼過ぎにあなたの“The Chess”のアカウントが凍結されます。それがあなたがやった“ゲーム”の結果です」


 あさぎは毅然と話し、燎はことの深刻さに唖然とした。


「いきなり来られても、私はびっくりするだけですね」


 燎は開き直ってふてぶてと言い放った。遠い他人に対する冷たい態度を崩さなかった。あさぎは睨み、怒りを静かに込めながら語気を強くして言った。


「王様の読者も何も発言していなかったのに、いきなりメッセージが来て動揺していましたよ」


「謝ればいいんですか? でも王様探しにルールなんてないんだから、別に問題ないと思ってますよ?」


 脅迫していた者は自分の行いを正当化した。客観的にどんな影響があったのかまるで想像できていなかった。燎にとっては、ただいきなり怒られたので反論しているだけだった。


 あさぎと真は、言うべきことを伝えると、その場を離れ、“白ねこ広場”に戻った。


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