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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅸ-ii 白の王さま
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Ⅸ-ii 白の王さま (8月9日~8月12日) 3. クイーンとルークと仲間たち 4

 場が盛り上がっている所へ、部屋のドアの向こうから、「すみません」という控えめな声が現れた。あさぎが「どうぞ」と言うと、部屋に新しい客が入ってきた。


「こんにちは。伊藤あさぎさんはどちらですか?」


 卵型の金縁眼鏡を掛けた訪問者は遠慮気味に辺りを見回した。黒い肩掛け鞄を抱えるように肩に掛け、茶色の長い髪をゆるく纏めた、真よりは年上に見える女性だった。あさぎが立ち上がって来客を出迎えた。


「はい、私です」


「あぁ、どうも。私は先ほど交流サイトでご挨拶したポーンのリュージェさんの中の人の上寺里秀です」


 新たな客人は、柔らかい声で挨拶をした。


「ここまでどうもありがとうございます。こちらにお掛けになって下さい」


 あさぎは秀を霜の隣に案内した。ひいが秀に尋ねた。


「The Chess 情報倉庫の方ですよね!」


 秀が頷いた。そして顔をほころばせた。


「はい、もしかしてネットでお話ししたガーラさんの中の方ですか?」


「そうです! サイト主さんが降臨したよ、たまゆらちゃん!」


 ひいは喜んでたまゆらの肩に抱きついた。たまゆらはひいの代わりに秀に説明した。


「上寺里さんのサイトは私たちの所属するよろずやブンガクサークルでも人気なんです。私たちのサークルは“The Chess”を借りている人が多いんですが、The Chess 情報倉庫の内容はサークルでも話が盛り上がるんです」


「そうなんですか。“The Chess”を語るサークルがあるなんて知らなかったです」


「今度、サークルで上寺里さんのお話を聞きたいですね」


 琥珀が秀をサークルに誘った。


「ええ!? 私で良ければ、ぜひお話ししてみたいです」


 秀は目を輝かせて控えめに快諾した。


「私もサイト読んでるよ。すごいよね」

「私もサイト読んでるよ。すごいよね」


 雲と霜が秀に尊敬の言葉を向けた。秀は思い出す所があって、二人に尋ねた。


「もしかしてお二人は私のサイトの掲示板にコメントをくれた方ですか?」


 雲と霜は頷いた。


「そうだよ」

「そうだよ」


 それから秀はその場にいる者たちへ自己紹介した。


「私は福祉家政学科三年の上寺里秀です。夢の中ではリュージェさんです。The Chess 情報倉庫というサイトを運営しています」


 秀は黒い鞄のポケットから駒のクロスを取り出して、皆に見せた。それから、鞄から白い小さな皮の名刺入れを取り出し、サイト名とURLが書かれた名刺を全員に配った。琥珀が自分のイラストサイトの可愛らしい絵柄の名刺を、ひいがマーメイド用紙のシンプルなブログの名刺を秀に返した。秀は嬉しそうに貰った名刺を丁寧に名刺入れにしまって言った。


「いつも反応のないサイトを運営していたので、こうやってネットのオフ会で、新しい方とお知り合いになれて夢みたいです」


 その後、あさぎから順番に各々軽い自己紹介をした。


 秀の訪問でネットの中での縁が現実に繋がり、場は盛り上がった。秀は自分のサイトと“The Chess”の謎について落ち着いた控えめな声で語った。真は秀が仲間を得て気分が高揚していることを感じた。また、新しい縁が次々と集まることを一緒に楽しんだ。



 十五時を過ぎた頃、真の携帯端末にメールが届いた。康が大図書館に到着した知らせだった。真は席を外し、部屋の外に出て康を待った。きょろきょろしながら、白ねこ広場に康がやって来た。


「お待たせ早瀬さん」


「ありがとう、康さん。今日は忙しかった?」


 真は康に挨拶とお礼を言った。康はいつもの少し真面目な顔で返した。


「いいえ、夏休みはヒマだから大丈夫だったよ。ちょうど『The Chess』を読んでいた所です。こちらこそ連絡してくれてありがとう」


 真は軽く世間話に誘った。


「夏休みはどうだった?」


 康は小声で自虐気味に答えた。


「最近、ちょっと『The Chess』にはまりすぎて、一日中マーブルのことを考えている状態です」


「白の読者の人達が集まっているから、中で詳しい話をするよ」


 真は新たな訪問者と共に部屋に入り、康を一番端にいた琥珀の隣に案内した。康はその場で自己紹介した。


「皆さん、初めまして。福祉家政学科二年の石塚康といいます。ニックネームは教員を目指しているので『教員の卵』です。“The Chess”ではビショップのマーブルです」


「初めまして。私は同じ白のビショップの狭川琥珀です」


 琥珀は隣に座った康にクロスを見せた。康は「どうも」と笑んで、同じクロスを琥珀に見せた。琥珀は爽やかな微笑みで康に言った。その声音は青年のように真には聞こえた。


「ここで会えて良かったです、マーブルさん。私はマーブルさんを応援していましたよ」


 康は軽くお辞儀をした。


「どうもです。って何だか今一瞬、自分がマーブルになって、ラルゴさんに声を掛けられたみたいになりました。夏休みはずっと“The Chess”にハマっているから、時々自分とマーブルの区別が付かなくなるくらいでして」


 琥珀はふふっと笑った。


「同じスターチス王家に仕えるビショップですから、こちらでも分かり合えるかと思っていました」


「どうも、宜しくです、狭川さん」


「“The Chess”の話なら私達のサークルでできますので、良かったら一緒に参加してみませんか?」


 琥珀は康もサークルに誘った。


「え? “The Chess”の話ができるサークルがあるんですか? 文系のサークルですよね。それはありがたいですが、私でもいいですか?」


「ビショップの話は喜ばれますよ」


「それでは今度お邪魔します」


 そこで秀が康に挨拶をした。


「マーブルさんの中の人ですね? 私はThe Chess 情報倉庫の管理人の上寺里秀といいます。先日はサイトに寄稿をありがとうございます」


 康は眼を輝かせた。


「あ、チェスのサイトの管理人さんですね。よく拝見しています。その節はどうも」


 康は笑顔で軽くお辞儀をした。それぞれの自己紹介が済むと、康は真に言った。


「交流ページの今日の投稿を読んだよ。これ早瀬さんの妹さんだったんだね。妹さんを守らないと!」


 真は一から康に説明をした。


「今までこんな王様を脅迫するなんてトラブルあったのかな。前代未聞だと思うけど」


 康は憤って呟いた。隣の琥珀が独り言のようにささやいた。


「こちらでも、正義感が強いのですね」

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