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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅸ-ii 白の王さま
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Ⅸ-ii 白の王さま (8月9日~8月12日) 2. 王様の告白

 生穂が帰宅すると、老猫ガンダルヴァが出迎えた。灰色猫はダイニングに行く生穂に付き添い、母に帰宅の挨拶をする生穂の足元にすり寄った。生穂はテレビを見ていた母に「ただいま」と挨拶すると、猫とともに二階の自室へ向かった。隣の部屋は電気がついていた。


 生穂は着替えを済ませ一段落すると、ベットに座りながら猫を抱いた。


「“白の”ガンダルヴァ、ただいま。もともと昔は白ネコだったんだもんねぇ」


 生穂は愛猫を優しく撫で、それから明日の夏期講習の準備をした。明日提出の宿題があったことを思い出し、机に向かってそれを済ました。机に携帯端末を置くと、どうも友達にメッセージで会話をしたくなる。それをこらえながら、勉強に専念した。いつの間にか、ガンダルヴァは生穂の部屋を抜け出ていた。


 それが終わっても、布団に入るにはまだ時間があった。生穂は再びベッドに座ると、携帯端末に触れて“The Chess”のページを開いた。昨夜は二週間分の夢を見た。学校では最初の部分しか読む時間がなかったので、ここで再度ゆっくり読むことにした。冒険の最後の理不尽な場面を読むと、生穂は怒りを覚えた。


 一通り読み終わっても、まだ時間があった。生穂は久しぶりに交流ページを開いてみた。交流ページは、三日前に見たまま放ってあった。


「ん?」


 交流ページの中の生穂のID宛てのメッセージに未読バッチが表示してあった。「誰だろう?」と生穂は思った。“The Chess”の駒のクロスの読者に知り合いはいないはずだった。


 生穂はメッセージを読み、目を疑った。全部ニックネームが『そば定食』という、同じ人からだった。



『逃げたままでいられると思うの?』

『黙ってないで返事をしろよ』

『王様探しは強制参加なんだよ。知らないの?』

『名無しの王さまさん、いつまで黙っているの。こっちはあなたが誰なのか知りたいんですけど』

『無視するの? 何様?』

『“王様探しをする”をオンにできないの? 馬鹿なの?』

『今日も見つけられなかったなぁ。明日こそはあなたを特定しますよ』

『私たちは王さま探しを始めました。あなたが誰だか探してみせます。“王様探しをする”をオンにして下さい』



 命令だったり揶揄だったり攻撃的な言葉の連続だった。日付は八月八日からだった。二日間の間に五十件受信していた。書き込みの時間は夜に集中していた。生穂はなぜ知らない人から執拗に責められるのか分からなかった。悪質なメッセージを読み続けると、自分が悪いことをしたかのように錯覚して、心細くなった。メッセージの主の掲示板を読むと、夢の中では赤のポーンのフーガだと自己紹介されていた。それ以外のことは分からなかった。


「……え、どうしよう」


 生穂はどう対応すればいいか分からず、途方に暮れた。頭が一気にぽかんと空になって、心が不気味さに覆われた。母に相談するか。しかしこの“The Chess”という“本”を説明するのは難しい。母も父もインターネットで他人と交流することは普段無いので、ネットのトラブルは得意ではない。友達にはどうだろうか。こがねに話した所で心配させてしまう。今一番忙しい時に吹奏楽部の友達には言いたくはなかった。一人で我慢するか。無視を続けたかったが、何か心の中に重たい錘ができて、一人で怯えているだろうと思った。それは嫌だった。生穂は心が孤立している自分に気が付いた。


「どうしよう……」


 生穂はこんな一方的な揉め事に関わることが怖かった。綿のように、一人で大図書館へ行って通報するか。駒のクロスは返却してしまおうか。しかし“The Chess”はまだ続きがある。それを止めるのは悔しかった。


「にゃぁぁ」


 生穂独りの部屋に、猫の鳴き声が伝わった。隣の部屋からだった。生穂は心に決め、猫のいる部屋へと向かった。



 真が自分の部屋で愛猫の背を撫でていると、妹の生穂がドアを開け、一言不穏なことを言った。久々に顔を合わせた来客者の顔色は青かった。


「お姉ちゃん、助けて」


「どうしたの……? 生穂」


 真は生穂の深刻そうな表情に驚き、生穂を部屋の中へ招き入れた。猫はベットに上って、二人を見つめた。生穂は床に座ると、真に携帯端末の件の画面を見せた。


「これ、見て」


 真はその画面をスクロールしながら見つめた。それは“The Chess”の交流サイトで、メッセージ欄が表示されていた。どうやらメッセージの受信者は真も探していた白の王様だった。そこには暴言が並んでいた。生穂は震えながら真に説明した。


「今、私が大図書館から借りている“本”のコミュニティで、一方的にストーカーみたいな粘着メッセージに付きまとわれているの……」


「これは酷いね……」


 真は一言呟いた。王様探しは相手の王さまを精神的に追い詰めるゲームではない。勘違いした人が読者の中に紛れて、悪行を行っていたようだった。真は首に提げた馬の透かし模様のある白石のクロスを生穂に見せた。生穂は目を丸くし、それから安心したように自分もクロスを首元から出して見せた。王様のクロスだった。


「お姉ちゃんも駒のクロスを借りていたのかぁ。良かったよ。仲間がいてちょっと安心した」


 真は毅然と言った。


「生穂が白の王さまだったんだね。私は白のナイトでロッド。赤のナイトのウェイとメルローズは私の大学の友達だよ。二人は昨日の赤の会合に参加しているから、そのフーガの人が何者か聞けばたぶん分かるよ。今ちょっとメールして確認してみるよ。明日、大図書館で二人に会って赤の会合でどんな感じだったか詳しく聞いてみるね。どうすればいいか、私の先輩で白のクイーンのあさぎさんに相談してみる。大丈夫だよ、生穂」


 真は安心させるように、力強く生穂を見た。そして生穂に件のメッセージ画面を画像保存し、真の携帯端末に送信して貰った。さっそく朝日とほむらにこのことをメールし、明日大図書館で会えるか尋ねた。


128 8/9 23:30

<To> 朝日、ほむら

<Title> Not Title


 夜遅くにごめん。私の妹の生穂が白の王様だったんだ。

 王様探しに問題があって、生穂が赤のポーンのフーガって人に陰湿なメッセージを繰り返されていたんだ。朝日とほむらは昨日赤の会合に出席したよね? できたらそのフーガってどんな人だったか教えて欲しいんだ。

 明日も二人は大図書館でボランティアがあるよね? できたら十二時のお昼休みに三人で会ってこのことについて話したいんだけど、大丈夫? 急にごめんね。


 メールの返信はすぐに返ってきた。


128 8/9 23:35

<From> 朝日

<Title> Re:


 え、それは大変だね。確か赤のポーンのフーガは食物営養学科の一年生で佐々木燎って人だったはずだよ。その時色々あったから、明日詳しく話すよ。本人に問い詰めるんなら、私も協力するよ。明日はお昼休み一時間だけだけど会えるよ。時間になったら真が総合案内に来てくれる? それからほむらと合流しよう。

 じゃ、また明日宜しくね。


128 8/9 23:38

<From> ほむら

<Title> Re:


 メールありがとう、真。酷い話だな。私も協力する。明日、お昼に朝日と一緒に視聴覚コーナーに来て貰えるかな。大図書館で一緒にお昼を食べよう。


 真はメールの返信を読むと、もう一人保育学科三年の先輩のあさぎにメールを送った。


064 8/9 23:40

<To> あさぎさん

<Title> Not Title


 こんばんは、あさぎさん。

 白の王様は私の妹の生穂でした。その件で問題があって相談があるので、明日十三時に大図書館で会いたいですが大丈夫ですか? 場所は二階中央総合案内の前にある椅子です。


 返事はすぐに返ってきた。


064 8/9 23:45

<From> あさぎさん

<Title> Not Title


 OKだよー。“The Chess”の話なら、私の友達のルークの双子も連れて行くので、一緒に話を聞かせて貰うよ。じゃ、明日またね。


 真は一通り連絡が終わると、携帯端末の画面から目を離し生穂に向き直った。


「明日、友達たちに相談することになったよ、生穂。フーガって人は食物営養学科の一年生らしいよ。明日詳しく聞いてみて、教えるね」


 生穂は少し落ち着いた。あっという間に嫌がらせをする人の名前と所属が分かり、得体の知れなかった不気味な人に名前が付いたことが理由だった。


「ありがとう、お姉ちゃん」


 生穂の顔色が少し良くなっていた。真は一言優しく言った。


「今日はもう遅いから、おやすみ、生穂」



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