Ⅸ-ii 白の王さま (8月9日~8月12日) 1. 夜の音楽室 2
生穂とこがねは帰り支度を済ませると、音楽室を出る時まだ残る者たちに「お疲れ様でした」と大きく挨拶をし、外に出た。学校前にあるバス停に着くと、丁度帰りのつつじ駅行きのバスが到着し、二人はそれに乗った。
生穂とこがねは人がまばらなバスに乗ると、一番後ろの席に並んで座った。車窓では夜の黒が流れていった。
こがねが口を開いた。
「『The Chess』って、クラリネットの綿ちゃんも駒のクロスを借りてたのは知ってるよね?」
「うん」
生穂は遠慮がちに頷いた。綿とはお互い顔を知っている程度だった。同じ部活でもパートが違うとあまり話す機会もなかった。綿のことは直接本人からではなく、部活内でささやかれている所を聞いた。どうやら駒のクロスが盗まれたと。どのような価値のある物なのか分からないクロスが身近な人から盗まれたと聞いた時、生穂は不気味に思った。
生穂は周りに人がいないことを確認すると、自分の首に提げていた白石の嵌ったクロスを服の上に取り出した。石の中には、王冠の透かし模様が施してあった。“The Chess”の夢を見る時は、プロミーが主人公だった。
生穂は去年から“The Chess”を借りていた。去年は観戦者用クロスだった。“The Chess”を借りたのは他人から教えられたのではなく、大図書館の新刊本貸し出し予約のボードを見たからだった。駒のクロスは今年初めて借りたのだった。
「生穂はその、クロスとか王様探しとか大丈夫?」
こがねは心配するように生穂に尋ねた。
「まぁ……ね」
生穂は曖昧に頷いた。生穂は最初から“The Chess”の交流サイトとは距離を取っていた。定期演奏会の準備で忙しくて時間が無かったし、何かインターネットの中でトラブルが起こらないか心配して利用を敬遠していた。普段から生穂は匿名実名を問わずネットの中で書き込みはしなかった。そしてネット上での不特定多数の言うことには慎重だった。
インターネットの中では“王様探し”という王様を見つけるゲームがあるが、読者は主に大学生ばかりで高校生の生穂には関係が無かった。しかしたまに交流サイトを覗くことはあった。この不思議な“本”の秘密に興味があり、それを語り合う人がいるかも知れなかったからだ。
それ以上“The Chess”の話は語られることは無く、二人はバスが終点に着くまで部活のことをあれこれ話し、それに疲れると静かに休んだ。