Ⅸ ミドルゲーム 3. 白い手の乙女 15
長い話が終わると、リアは鞄から一冊の古書を慎重に取り出して城主に手渡した。
「アラネスの僧侶の友人に渡すため、一昨年からお借りしていた七百年前の魔法学の古文書です。稀覯本を快く貸してくれて、どうもありがとうございました。友人も、現存していれば僥倖だと思いながら、それでも閲読したくて探していた本だったので、ナハシュの城主にとても感謝していますとお伝え下さいと喜んでいました」
「お役に立てて良かったです」
イズーは受け取った古書を見つめ、かすかに口元をほころばせた。いつものように、帰還した古書は、城から送り出した時よりも痛みが和らいでいた。
「素敵ですね。旅をしながら読みたい人とひっそりと隠れている書物の仲を取り持つことができるなんて」
西大陸では書物は王立図書館や、町の教会や大聖堂の書庫、領主が個人的に収集している蔵書の塔に蓄えられ、個人が書物を読みたい場合は、そこへ赴き泊り込む。蔵書の持ち出しはほとんどが歓迎されず、書物を所有したければ、自身で書写しなければならなかった。西大陸に散在するどの城に、どんな書物が愛蔵されているかは知られておらず、ゆえに思わぬ城の書斎の奥に貴重な古書が潜んでいることも多かった。
「イズーのおかげです」
イズーはやんわり否定した。
「この本を書斎の塔から見つけて、必要としている方と巡り合わせたのはリアさんです。私は持ち出しを許しただけですから」
しかしリアは首を振った。
「いいえ。僕の旅は書物を大切に守ってくれる方がいるからできる仕事です」
その眼差しは長い時を経てきたように奥深かった。それが感謝と尊敬の色でイズーを見つめていた。イズーは微笑んだ。
「一曲何か演奏していただけませんか? リアさん」
リアがふっとワインに手を伸ばそうとした時、イズーはリアの鞄に目を寄せて奏楽を希望した。
「ええ」
リアは喜んで答えると、そのままグラスから離れて鞄からヴァイオリンを取り出し、それを肩に乗せた。
「何かご希望はありますか?」
明るくリアがそう尋ねると、イズーは「兵士の帰りを待つ風車小屋の乙女の歌を」と所望した。奏者は静かに絃を引いた。そしてゆるやかに一つ一つ音を乗せていった。旋律が流れると、イズーは音楽に合わせて歌い出した。