Ⅸ ミドルゲーム 3. 白い手の乙女 9
さくり。さくり。……。……。さくり。さくり。……。……。
獅子は足に絡まる枯れ草を踏み分けて、黙々と荒野を渡っていた。町はすでに遠くにあった。
召喚士は新たに魔法陣を現して獅子を帰還させる力は残っていなかった。
獅子の足取りは重たかった。リアは獅子に手を触れしばし止めると、静かにその背から滑り下りた。そして杖を支えに地を歩き出した。黄赤色の鹿がリアを見つめた。リアは首を横に振って歩き続けた。
さくり。さくり。……。……。さくり。さくり。……。……。
共に行く鹿や大鳥たちもまた、沈んでいた。荒野はただ進む者たちの足音のみが微かに響いた。
リアは足を止めた。アメはいつの間にか色を失い水の雫となっていた。空から降る透き通った雨は荒涼とした地に音もなく消えてゆく。辺りは夕と夜の区別もつかぬ墨色の宵だった。
ぐらり、と急に体が傾いだ。リアは驚いて、倒れぬよう樫の木の杖にもたれかかった。そしてそのままじっとした。体が休むよう囁く声が耳元で聞こえたためだった。その声に素直に耳を傾けた。疲労に気付くと、眩暈の波が頭の奥で揺れ動き、体が浮き上がりそうになるのを感じた。
リアは杖を握る手にぐっと力を込め、体を支える手元を見つめた。ぼんやりとした視野の中で、袖口から覗く両の腕に小さな傷の跡が見え隠れしているのが目に入った。魔力の使い過ぎによる傷跡であった。傷は全身に広がっていることを悟り、無理をしたことにやっと気付いた。疲弊はしていた、だが平気で戦っていたことに、ふっと微笑が口元にこぼれた。
獅子はリアが立ち止まったまま動かないのを見ると、荒野の真ん中にゆるりと腰を沈めた。そして黙したままリアを見上げた。リアは獅子の意を受け取ると、そっとその小山のような身体に背を預けて休息した。鳥たちもそのそばに降り立った。
雨はまだ降り続いていた。冷たくはなかった。リアは夜の雨空を見上げるのが好きだった。細い雨の糸が黒い空から落ちてくるのを長い間見ていると、いつの間にか自分が空に近付いているように見えてくるからだった。それに初めて気付いた子どもの頃は、空間と空間をつないだ道をすうっと通り抜けるのは、こんな感覚じゃないかなと思ったものだった。リアは目を閉じた。