Ⅸ ミドルゲーム 3. 白い手の乙女 8
アメが降り始めた。
赤、青、黄、白。紫、橙、茶、緑。
灰色の空から降り落ちるドロップは、地上で戦う者たちの、肩に溶け、腕に消えた。リアはアメに構わず、ジークの動向を注視していた。
「アメが降ってきましたね」
ジークは空を見上げて、傘を開いた。
二者の間にアメは降る。
「まだ、戦いを続けますか?」
ジークは問うた。
「ええ……、大丈夫です」
リアは答えた。
「……僕はここで立ち止まるわけにはいきませんので、まだ続けます」
「了解しました」
ジークは静かに答えた。
「この傘にはまだまだお見せしていない能力があります」
「そうですか……」
リアは短く呟いた。ジークは「さぁ、どうぞ」と手招きをした。それを合図に獅子はジークの後ろに現れ突撃した。ジークは傘を上に向けて、後ろを向いたまますっとジャンプした。ふわり、と浮かんだ。ジークは空中に留まり獅子を見下ろした。
獅子はジークの足元に噛みつこうと飛びかかった。ジークは傘をブルンブルンと頭上で振り回した。ジークの体の周りを竜巻のような風が囲み、防御となった。
ジークは竜巻に囲まれたまま、地上へ降りた。すると小さな竜巻はジークから離れ、獅子に迫った。獅子は竜巻を回避する為、空間を移動した。獅子を追った竜巻は、大木にぶつかった。大木は倒れ、竜巻は消えた。
「傘と言えば、空を飛ぶものでしょう?」
ジークは茶目っ気たっぷりにウインクした。リアは無言が答えだった。杖に体を預けていた。
「そろそろ日が暮れて参りましたね……」
ジークは傘を横に傾けた。すすすすーっと傘の上に積もっていたドロップが地面に流れ落ちた。
「私は赤の王城からの伝令で、リアさんにこの先を進ませないように、と承っております。もしこの先の町ドロップで休養されるようでしたら、私はその回復後の出立の時、再び行く手に現れて、足止めいたします。違う色の者が同じ町にいるのに、その行く先を止めないわけにはいきませんからね?」
ジークはリアにドロップを回避せよ、と宣告しているのであった。さすれば追わず。ポーン同士の暗黙の会話であった。ドロップの先は人の通らぬ荒野であった。その先にある町ナハシュは、今日中には辿り着けない距離にある。駆け引きだった。ジークはリアが先へ進むのを見逃す。しかし疲労の激しいリアが、町で休息することなく荒野で一晩明かすのは、回復を遅め、結句どこかの町で長く療養しなければならなくなる。ジークはそれで顔が立つし、希望通りクロスを賭けて戦う者を求めに動くことができる。リアは危険が伴うが、相性が悪い相手とは戦わず、立ち止まらなくてもすむ。
リアは相手の意図を読み取ると、無言で獅子の背に乗り先へ進んだ。大鳥と鹿が後に付いて来た。
ジークは澄まし顔で頭の上の中折れ帽を軽く上げた。
「アイソレイテッド・ポーン……」
ジークは荒野へ進むリアを眺めながら小さく呟いた。