Ⅸ ミドルゲーム 3. 白い手の乙女 7
「コイン!!」
リアは鋭く叫んだ。獅子は力がみなぎるとジーク目掛けて突進した。獅子が迫る。青年は表情一つ変えず、びたとも動かず、襲い来る獅子を見据えていた。獅子は青年に飛びかかった。ジークと獅子が一瞬目が合う。青年の灰色の眼に不敵な光が浮かんだ。獅子が目の前に至る直前、ジークは傘を振り子のように振るってさぁっと地にラインを引いた。土埃が高らかに舞い、獅子との間にうたかたの壁を作った。壁に当たると、獅子は宙で止まった。召喚士の魔力を帯びた獅子と、傘の魔力を帯びた土埃の壁がぶつかり、せめぎ合った。獅子は大きく跳ね返された。
埃が止むと、ジークは肩を払った。
「魔力が強いのですね、リアさん」
リアは傘の意外な戦い方に少し驚き、注意深くジークを見た。
「魔法の傘と戦うのは初めてです。色んな戦い方があるのですね」
「戦いはまだ始まったばかりですよ」
獅子は体勢を立て直して、ジークに威嚇するように唸った。体力は回復していた。リアは獅子に二度目の攻撃を指示した。
「もう一度お願いします、コイン!!」
獅子は召喚士の言葉を受けると、再びジークに向けて突進した。今度はジークは傘を地面に水平に持ち、獅子が迫るまで構えた。獅子の鼻先が傘の先に付く瞬間、ジークは傘を開いた。まるで突風が起こったかのように逆風が獅子を遮り、獅子は跳ね飛ばされた。獅子は傘が発した風を受けて、大木にぶつかった。ジークは冷たい眼でその様子を眺めた。
「これが私の傘の守備能力です」
ジークは開いた傘を背中に回して、リアを見た。
「そうですか」
リアは短く答えると、双子鳥のサイトとカイヤに伝えた。
「視界を遮って下さい!」
今度は鳥たちがジークの前と後ろから挟むように襲いかかった。ジークはふぅと息を吐くと、開いた傘を後ろから前へ勢いよく振った。再び大きな風が起こり、二羽の双子鳥は跳ね飛ばされた。そのすきに、獅子がジークに迫った。ジークは、開いた傘を獅子の盾にした。獅子は傘に触ると、まるで熱い鉄に触ったように痛みを感じ、身を避けた。
ジークはゆっくり傘を閉じた。
「まだまだ、ですよね?」
「そうですね。大丈夫です」
リアは頷いた。
「さて、では私から攻めましょうか」
ジークは双子鳥が再び空を飛び、獅子が立ち上がったのを見て、召喚士に告げた。リアは杖を構えた。ジークはさっと地面に自分を中心に傘で円を描いた。傘が触れた土は魔力を帯び、地面の円の内側と外側は空間が切り離された。それは透明な防御壁だった。
ジークは傘から手を放した。傘は速いスピードで獅子の後ろにある大木を根元から薙いだ。大木は倒れ、獅子はすんでの所で倒木から逃れた。傘が獅子の後方を攻撃している間に、双子鳥が再びジークを攻めた。しかしジークが隠れる防御壁は強く、逆に跳ね飛ばされた。
傘の動きは早く、獅子の横腹に回り込み、薙ぎ払った。リアは獅子に魔力を送った。召喚士の魔力は獅子を守り、獅子は傷を負わずに済んだ。傘はさっと獅子の眉間にその先を当てた。そして軽く突いた。獅子は大きな圧力を受け、地面に滑りながら後退し、意識を落とした。
リアは立ちくらみがし、杖で体を支えた。
傘は羽ばたこうとしていた鳥たちに狙いを定めた。灰色の傘はサイトの前まで迫ると、パッと開いた。突風が起こり、青い鳥は吹き飛ばされた。もう一羽の青い鳥カイヤが傘の内側に回り、柄を突こうとした。傘は内側から風を起こし、カイヤも吹き飛ばした。
ジークは傘を手元に戻して、傷が無いか確かめた。
「今の柄に向けた攻撃で、ワンタッチの滑らかさが少し傷ついたかと思いましたが、大丈夫の様ですね」
ジークは何食わぬ顔で呟いた。リアはジークの弱点に頭を巡らせた。この傘は攻撃も防御も隙がない。召喚した者達が個別で戦っても勝ち目がない。まだ傘の内側は突風が吹くだけで防御が強いかどうかは分からない。傘の内側を攻撃してみよう、とリアは決めた。
獅子が意識を戻し、立ち上がった。双子鳥も回復の合図に羽を広げた。ジークはその様子を見てリアに尋ねた。
「まだ戦うということですね」
「はい」
リアはじっとジークを見て答えた。
青い鳥サイトがジークに迫った。ジークは傘から手を放した。傘はまるで自動的に攻撃者の前に立ちはだかり、傘を開いた。突風が起こった。リアはサイトに魔力を送り、サイトは瞬時に空間を渡って逃れた。そして傘の内側に現れた。傘が再び突風で内側に現れた者を突き飛ばす。サイトは飛ばされた。
しかし風が止んだ瞬間、小さくなったカイヤが傘の内側に現れた。召喚士が瞬間移動させたのだった。カイヤは傘の中心を突いた。するとジークの周りを囲っていた防御壁が消えた。
リアはすかさず「コイン!!」と叫んだ。獅子はそれを合図にジークに襲い掛かった。ジークは顔色を変えず、傘を再び自分の手に持ち、地面を強く三回叩いた。すると地面が大きく波打った。獅子はジークの前で足を取られ、立ち向かうことができなかった。
ジークは雨粒を払うように傘を振った。
「この傘は上ろくろがリセットボタンになっているとよく気付きましたね」
ジークは傘を見たままリアに言葉を掛けた。その声は冷たかった。
「召喚士でも異空間魔術を使えるのですね」
「はい」
リアは真正面からジークを見つめた。強い眼差しだった。重たい曇り空は辺りを灰色に満たした。
リアは獅子を見た。怪我はないが戦いの疲れが見え隠れしていた。獅子はリアを見た。その眼は戦いに付き合うという強い意志が表れていた。
獅子は再びジーク目掛けて駆けた。ジークは傘をパッと差し、盾代わりにした。獅子と傘がぶつかる寸前、獅子は消えた。そしてジークの後ろ側に現れた。獅子はジークに飛びかかる。ジークはさっと振り向き、開いた傘の先で獅子の喉元を突いた。獅子は重たい槌に打たれたように宙を飛ばされた。
その間に小さくなったカイヤが傘の内側に現れ、傘の骨を纏めている部分をつついた。ジークは傘から手を放した。傘は柄を上に向け閉まろうとした。カイヤは傘に閉じ込められないよう慌てて逃げた。ジークは宙に浮かぶ傘を手に取った。
ジークは疲労の見える召喚士を眺めた。リアはジークに隙がないか見つめていた。