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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅸ ミドルゲーム
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Ⅸ ミドルゲーム 3. 白い手の乙女 6

 リアは次の日ドロップの町を訪ねた。この町もアラネスやチェルロットのように、リアが好んでよく訪れる町であった。というのも、西大陸には変わった町が多いが、この町は特に心弾む楽しい町だからであった。夏の間チェスの頃になると、この町は不思議な気象現象が毎年起こる。日暮れ時に屋根をこつんこつんとたたく夕立の音が聞こえてくると、子どもたちはかごを持って外へ出て、石畳の道路の上で手を伸ばし、空から降るものを一つでも多く集めようと駆けまわる。薄灰色の空からは、赤、青、黄、白、色とりどりのドロップが降ってくる。アメは道に落ちると、雪のように解けて消えてしまうので、子どもたちは慌ててかごにかき集め、小さな手で掴んだそれをそっと一つ口に含む。もちろん甘い。ある利口な子どもは軒の下に立ち、樋から流れ落ちるアメ粒を要領よく集め、ある優しい子どもは、小さな弟妹を肩車して、アメをつかんで喜ぶ幼子に微笑する。


 この現象は、西大陸のどんな学者にも説明がつかなかった。魔力が働いているのか、自然現象なのかも区別がつかなかった。このアメは八月から九月の夕暮れごろに降り、チェスの開催時期と重なるため、アルビノの魔術師がチェスの中に残した不思議な魔術の一つとして数える者もいた。それゆえ空から降るドロップは“魔術師の贈り物”と呼ばれることもあった。


 リアは夕暮れよりまだ少し早い頃、町へと続く緩やかな丘の道を鹿ココアで上っている時、「ぽんっ! ぽんっ!」という小さな花火が、道の先で上がる音が聞こえた。先へ進むと、灰色の傘を持ったスーツ姿の旅芸人風の青年が、花火の音を聞いて集まった子どもたちを相手に、口上を始めている所だった。リアはしばし足を止めた。


「ドロップの賢い坊ちゃんたちにお若いお嬢さんたち、これから私の芸をご覧に入れましょう」


 そう言うと青年は傘を後ろの薄ぐもりの空へ向けてパッと開いた。すると、再び「ぽんっ!」という音とともに、赤紫色の蘭の花の形の小さな花火が空を飾った。子どもたちは、拍手喝采して口笛を鳴らした。


「今のはほんのご挨拶ですよ。さて、これからいかがいたしますか?」


 開いた傘を再び閉じると、青年は集まった小さな客たちを細い眼鏡越しに見渡した。客の一人が「お歌は? おじちゃん?」と一声あげた。周りの子どもも楽しそうにそのリクエストに賛同した。青年は「了承いたしました」とうやうやしく答えると、傘をこつこつ突き始めた。



「アはアラネス。

 ふたえに重なる川のある、闇の葉集めの猿飼いたちの町。


 イはイリュイト。

 空間ただよう湖の下に町持つ魔法アイテム職人の町。


 ウはウィンデラ。

 滝の裏手の洞窟で、はしこき者たち宴する盗賊の町。


 エはエルシウェルド。

 魔法石の鉱山と、異種族行き交う魔術師の町。


 オはオリシス。

 山道に名無しの森が現れる小さな町」



 道端で軽やかに歌う灰色髪の青年は、歌いながらこっそり傘から手を放した。手から離れた灰色の傘が、主の歌に合わせて揺れながら地をこつこつと拍子打つ。子どもたちは歌に合わせてハミングした。



「カはカーレイン。

 騎士たち集う熱き町。


 キはキール。

 鉱物鳥飼う鳥飼いの村。


 クはクラムディア。

 優しき領主と美しき城守りのいる、料理人と酒好き喜ぶキルシュの町。


 ケはケルクカム。

 方位さかさま迷子の砂漠。


 コはコルチェ。

 砂漠に隠れし小さな町」



「サはサラン。

 名所旧跡何にもない町。


 シはシエララント。

 青年王の末裔が国を治める白の王都。


 スはスウェルト。

 名族の王家が国を治める赤の王都。


 セはセラム。

 呑助魔術師酒代に町に魔術を施した、幻湖が覆う隠者の棲む町。


 ソはソールズ。

 異空間の遺跡に挑戦する冒険者の集まる町」



「タはタージェル。

 アリスが独り森に待つ、古跡佇むいにしえの都。


 チはチェルロット。

 青年王が都に定めた、楽師が集う音楽の町。


 ツはツーク。

 人の死悼む古き村。


 テはティルス。

 古今東西年ふりし物たち集まる古道具の町。


 トはドロップ。

 夏にアメ降る子どもの喜ぶ町」



 青年はそこまで歌うと、「さぁ、今日はアメが降りそうだから、歌はここまでですよ。賢い坊ちゃんたちに、お若いお嬢さんたち。早くおうちへ帰って、窓のそばで色とりどりの甘いドロップが空から降るのを楽しみにお待ちになってて下さい」と傘を掴み、やんわりと子どもたちに解散を促した。


 子どもの一人が尋ねた。


「アメが降り始めたら、その傘差してお歌を続ければいいじゃん? おじちゃん?」


 青年はさらりと受け答えた。


「この傘はお兄さんの相方だから、歌を始めると拍子をとりたくなって、アメなんて無視してしまうのですよ、ね? 賢いお坊ちゃん」


 子どもは動かぬ傘と青年を見比べ、しまいには、納得した、というそぶりを見せ、「また続きを聞かせてね。絶対だよ」と他の子どもたちと一緒に、青年の歌を口ずさみながら、町中の三角屋根の自分の家まで帰って行った。


 青年は子どもたちが去ると、鹿に乗った通りがかりの旅人に向けて、小さくおじぎをした。


「この歌は私が赤の都からの旅の道すがらに耳にした唄ですよ。赤の国と白の国のチェスが始まると、誰ともなしに歌われ始めたのだそうです。不思議な歌だと思いませんか?」


 青年は眼鏡を外すと懐からハンカチを取り出して、曇りかかったレンズを拭きながら、呼び止めるようにリアに話しかけた。その間も青年の灰色の傘は、主が眼鏡拭きで両手を放しても、まるでいつも通り柄を支えられているかのように、倒れることなく直立していた。


「もしかしてこの歌も、いにしえの魔術師が歌い出したものかもしれません、ね?」


 眼鏡を掛け直すと、赤の都から来たという青年は向き直ってリアを真っ直ぐに見据えた。その視線には研ぎ澄まされた鋭さが含まれていた。


「本当にそうかも知れないですね」


 リアはその鋭さを受け止めながら、独り言のように小さく呟いた。


「私はジークと申します」


 そのスーツ姿のすらりとした細身の青年は、頭に載せた中折れ帽をゆっくりと膝の前まで下ろしておじぎをし、リアに得意の芝居がかった慇懃な挨拶をした。帽子を外した後に表れた額には、派手やかな装飾で『骨董武具の町ティルスにてただ今武器すべて一割引』の文字がペインティングされているのが目を引いた。


「私は諸国を渡り歩き、町を宣伝することを渡世としております。そのため、依頼者からは『宣伝人』と呼ばれております」


 ジークは灰色の瞳をリアに向け、自己紹介をした。リアは鹿ココアからすっと降り、樫の木の杖を握る左手にそっと力を込めながら、己も三角帽子を取り深々と礼をした。


「僕の名はリア・クレメンスです。僕は召喚士です」


「お待ちしていました、リア・クレメンスさん」


 ジークは人当たりの良い笑顔で先を続けた。


「私は赤の王城からの伝令で、この道を通りかかるリア・クレメンスさんにお会いして、この先を行かぬよう足止めせよ、と仰せつかって参りました」


 リアは短く尋ねた。


「ここは通してもらえない、ということですね?」


 ジークは「そうですね」と淡々と答えた。


「僕はこの先も進みたいと思います」


「戦う、ということでよろしいですか?」


「仕方ありません」


 リアは相手にため息つくような、しかしきっぱりした口調で答えた。


 ジークは続けた。


「“試合”をしますか? 私はチェスの期間中、一度は“試合”をしたいと人並みのことを考えています。“試合”は魔法本に記入され、西大陸中に自分のことが知らされるでしょう? 私が宣伝している町も、西大陸中に名が広まります。が、“試合”を回避しても結構です。どちらでも構いませんが。いかがです?」


 ジークは細い眼鏡を押し上げながら、落ち着き払った声でリアに尋ねた。


「僕はここでクロスを賭けてしまうわけにはいきませんので、“攻撃”ということでお願いします」


「承知しました」


 ジークは再び帽子を取っておじぎをすると、手持ちの傘をすっと少し持ち上げた。リアは樫の木の杖で地をこつんと一つ叩いて、相手と己の間に淡い緑色の光の輪を現した。召喚士に付き添う二羽の大鳥が、もとの巨大な姿をあらわにした。


「私の武器はこの傘です。これは大事な商売道具でしてね」


 そう言うとジークは傘を真上へ向けてぱしっと開いた。傘の上から煙が上り、それはゆらゆらと広がりながら、大きな虎の姿を形作った。


「こんなふうに、傘で芸を見せるのですよ」


 ひやりとした風が吹き、煙の虎は流されていった。


「それではあなたは召喚士ということで、どなたが相手をされるのでしょう?」


「僕の代わりに戦うのは、瑠璃色の大鳥サイトとカイヤ、それと獅子のコインです。コインはこれから召喚します」


 リアは魔方陣に向けて小さく呪文を唱えた。魔方陣からたてがみのない獅子が現れた。


 リアは新たに現れた仲間に告げた。


「コイン。ここに来てくれてありがとうございます。これからの戦いに力を貸して下さい」


 獅子は鋭い眼で召喚士を見て、それからジークを睨んだ。


「それでは、お手並みを拝見しましょう」


 ジークは戦いの始まりを告げた。


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