Ⅸ ミドルゲーム 3. 白い手の乙女 5
リアがこれから向かう道のりは、何もなければ十六日間で行ける行程であった。
白の王都を出発して三日目の夕方、リアは同盟都市チェルロットに宿を求めて入った。
チェルロットの歴史は古く、二千年前青年王が都とした町の一つであった。青年王はいくつかの町を都とし、交替で宮廷を開いていた。その中でもよく青年王の伝説に登場する有名な町だった。西大陸の子どもたちは、青年王の宮廷に集まる様々な騎士たちの冒険に心を弾ませながら耳を傾け、古都チェルロットを夢見るものだった。
今のチェルロットは音楽の町であった。一年に一度大きな音楽祭が開かれ、町の人は楽器を奏でる者が多かった。この町へ来る旅人は、楽器を扱う者が多く、道端で演奏したり、酒場で珍しい楽器を弾く者同士の交流をしたりした。旅の楽師向けの大きな音楽の学校もあった。リアは旅でよくこの町に立ち寄った。チェルロットは音楽を大切にする者には居心地の良い町であった。
リアは町に入ると、道端の鍵盤ハープの演奏に迎えられた。鍵盤ハープはヴァイオリンのような形でピアノのようなキーが並んでおり、弓を引きながらキーを押して演奏する。鍵盤ハープの演奏は賑やかながら哀愁があり、演奏家の青年は踊るように楽器を歌わせていた。
リアは教会へ行き、教会の僧侶から赤のポーンの一人、シーフのクレア・フローが白の王城に入城し、クイーンに成り上がったという知らせを耳にした。今も、もう一人赤のポーンの騎士バスクが、白のナイトを一人白の王城のそばで引き止めているという話だった。
その後、リアはヴァイオリンを専門に扱う店へ入った。そこでは長く旅を共にしたヴァイオリンの弓の毛を交換し、楽器のメンテナンスをしてもらった。
それから宿を決めると、夜は酒場の隅で他の旅の演奏家とセッションをした。リアは木のフルートと銀色の縦笛と共にヴァイオリンを奏でた。楽しい音楽は夜更けまで続いた。
それから一週間は何ごともなかった。旅立ちから八日目の夕、リアはツークの村に着いた。村は小さく、家は昔ながらの簡素な作りだった。村の通りを歩く人々は、皆黒い服を着ていた。顔は深い悲しみから祈るような表情で、誰も喋る者はおらず静かだった。教会の鐘が鳴った。人々は立ち止まり、そっと目をつぶった。リアは教会へ向かった。
教会では年老いた僧侶が旅人を出迎えた。この聖所に他に人はいなかった。リアはこの村の人が黒い服を着ている理由を尋ねた。僧侶は答えた。
「今日は西大陸でも有名な大僧正様が老齢でお亡くなりになられました。この方は国々の争いを言葉で鎮め、西大陸の平和に貢献した方でした。私どもの村では西大陸にとって大切な人が亡くなると、黒い服を着て追悼の意を表すのです。昔の西大陸ではこのような風習がどこにでもあったのですが、今でも続けているこの古き村は珍しいものとなったようです」
リアは納得すると、チェスの進捗を尋ねた。僧侶は静かに答えた。
「赤のポーンがお一人、この村から二日の距離のナハシュの町に来ております」