Ⅸ ミドルゲーム 3. 白い手の乙女 3
荒野に倒れていた旅人が意識を取り戻したのは、古城へ運ばれてから一昼夜後のこと、そこにいたるまでの長い旅の話を始めたのが、それから半日後のことであった。
夏の真昼の暑い風を避けるため、古城に身を置く獅子や鹿が庭の噴水で水浴びをしている頃、客間の主は目を覚ました。イズーは昨夜一度意識を取り戻しても、すぐにまた眠ってしまった旅人を案じ、無理をせずともよいことを告げた。連れ添っていた生き物たちもみな無事なので、気兼ねせずに安心して休んでいて欲しいと。旅人は幾分すっきりした面持ちで城主に目礼し、起き上がろうとした。途端、その体がふらっと揺れた。イズーは即座に手を差し伸べて、体を起こす手助けをした。旅人は起き上がると、緑の包帯が全身を覆い、その上を白いローブがゆったりと包み込んでいる自分の姿を眺めて、全てを飲み込むようにひとたび黙した。包帯の所々では、植物が枯れたような茶色の染みが見受けられた。
「お世話になりました」
リアは深い感謝の心を短い言葉に託してイズーに礼を告げた。イズーは首を振ると、寝台の横木に寄り添い心配そうに様子を見守る双子鳥に目を向けた。
「いいえ。お礼はリアさんと旅を共にしてきた生き物たちに言うべきでしょう。私に危急を知らせて荒野へ運んでくれたのは、いつもリアさんの左肩に添う青い鳥ですし、荒野で眠っていても大事無かったのは、あの心優しい獅子が、リアさんを守っていたからです。獣のぬくもりは、昔から衰弱する者の魂を守ると伝えられていますから」
枕元に二羽の瑠璃色の鳥たちが降り立った。鳥たちは、まだ心配そうにリアを見上げていた。
「ありがとうございます、サイト。カイヤにも心配をかけました」
リアは、小さく礼と詫びを伝えた。イズーは客人が気を使って疲れないよう、明るい声音で先に口を開いた。
「お腹が空きませんか? せっかく起きたのですから、食事が喉を通るようでしたら、粥をお持ちいたします」
「すみませんが、よろしくお願いします」
それから城主が粥と薬の用意をして再び客間に戻ると、リアは城主に二言三言質問をしながら、ゆっくりと薬草入りの粥を食していった。
「今日は何日ですか?」
「八月二十日ですよ」
「二日半……。チェスはどうでしたか」
「ええ。昨夕は白の騎士ロッドと紅のメルローズ卿が、クロスを賭けて遺跡の探索をしておりました。まだ試合の行方は分かりません……」
「そうですか……」
「ところで獅子がこの城に訪れたのは、初めてですね。名前は何と言うのですか?」
「金貨色の毛並みなので、コインです」
「とても気立てが優しいですよね」
「コインは、仔獅子がモンスターに襲われて戦っていた時、僕が助けに入ったのが縁で、朋友となりました。……でも、穏やかにしていたのは、イズーが人を救う者だと分かったからだと思います」
そして食事と服薬を終えると、リアは下を向いて、自分が荒野に至るまでの旅の話をそっと切り出した。
「長い話になりますが、聞いていただけませんか、イズー」
しかしイズーは客人の食事の後の自然の眠りを妨げないよう、遠慮した。
「いいのですよ。無理されなくても。今はお疲れでしょうから」
「……イズーにお話したいのです」
リアは俯いたまま、静かに繰り返した。声に微かな強さがあった。イズーは頷いた。
リアは一人旅の始まった十日余り前の、白の王都の出発から話を始めた。