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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅸ ミドルゲーム
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Ⅸ ミドルゲーム 2. 独りのアリス㊦ 2

 一行がソールズの教会の前に着くと、メルローズがロッドに提案した。昼過ぎのことだった。


「遺跡では決着が付かなかったから、今度は一騎打ちにしないか?」


 ロッドは快く了承した。


「それが良いと私も思っていた。クロスを賭けた試合の参加者はそのままに、私達だけで勝負を決めよう」


 ロッドの言葉にその場にいた者達は賛成した。メルローズは話を纏めた。


「それでは、今日はゆっくり休んで、明日の午後三時、町の外れの草原で騎乗して試合をしよう」


「あい、分かった」


 ロッドは頷き、一行は散った。



 八月二十日午後三時、ロッドとプロミーはソールズの町外れの草原へ行った。そこにはメルローズとガーネットが待っており、ブリックリヒトとピコットとフローがその後集まって来た。


 メルローズはクエストの参加者が集まると、愛馬に乗ったままロッドと向き合い、首からクロスを外し、天へ掲げた。ロッドも同じようにクロスを掲げた。メルローズは誓言を唱えた。


「チェスを創りし古の魔術師に誓う。

 赤の者メルローズは、白の者ロッドと馬上でクロスを賭けて試合をする。

 赤の者フロー、白の者ブリックリヒトは試合の勝者にクロスを委ねることを誓う」


 ロッドが応えた。


「我古の黒騎士の名の元に誓う。試合で勝負を決めることを!」


 宣誓が終わると、二人は対峙したまま攻撃の始まりを読み合った。ピコットとフローはそれぞれ木に登って枝の上に座って試合の行く末を観戦した。その木の根元でガーネットが主人の戦いを見つめていた。プロミーとブリックリヒトは離れた所で二者を見守った。プロミーはロッドの勝利を祈っていた。


 最初に動いたのはメルローズだった。メルローズは長柄の斧を構えたまま、愛馬を走らせてロッドに迫った。ロッドは攻撃を軽くいなし、相手の後ろに回った。メルローズは向き直り、再び攻撃を仕掛けた。ロッドは今度は斧を槍で受け、そのまま相手を圧していった。メルローズは後退しながら斧を力いっぱい振り、ロッドの攻撃から外れた。次の攻撃はロッドからだった。ロッドは相手の首筋目掛けて槍を突いた。メルローズは斧の刃の平らな部分を盾代わりに槍の穂を受け止めた。二人は再び対峙し、一斉に槍と斧で刃を交わし合った。


 槍と斧の攻防は長く続いた。メルローズは体力が消耗し、ロッドはまるで長い会話を愉しむように戦いを続けた。しかしその会話は突然集中力が切れたように終わった。地に矢が刺さり、小さな地震が起こった。驚いたロッドの愛馬は戦いの最中立ち止まり、その隙を突いてメルローズがロッドの首に斧の刃を当てた。


「今のは……ピコットの矢ではありませんか!?」


 ガーネットが時間の止まった戦いの場に走り、試合を止めた薄茶色の矢を引き抜いた。ピコットは悪びれずに言った。


「そうよ!」


 ピコットは木から地面に飛び降りた。


「私は地震を起こしたけど、どちらかが勝つよう肩入れした攻撃ではなかったわ」


「それでは試合のやり直しだな!」


 斧を下ろしたメルローズが弓使いを睨みながら言った。しかしロッドは馬を下り兜を脱いで首を横に振った。


「勝敗は決まった。私はこの結果に異存はない」


「ロッド様!」


 プロミーがロッドに駆け寄った。ブリックリヒトも騎士たちの方へ向かった。


「これは試合のルールに反しています、ロッド様!」


 プロミーは試合の理不尽さをロッドに説得しようとした。しかしロッドは動かなかった。プロミーはブリックリヒトの顔を見上げた。ブリックリヒトは首を横に振った。


「私はロッドの決めた方に従うよ」


「私は納得がいかない、ロッドよ! これでは私の不名誉だ!」


 メルローズが肩で息をしながら声を張り上げた。


「もう一度、試合をやり直させてくれ!」


「勝ちはあなたで決まりだ、メルローズ卿。これは天意だと思う」


 食らいつくメルローズにロッドは落ち着いて答えた。


「それではわたしが試合をします……!」


 プロミーが叫んだ。チェスでは試合をして勝った者がその後試合を挑まれたら断ることができない、という昔からの慣例があった。チェスの進捗を速めるための昔の人の知恵だった。


 その時、空から一羽の赤い大鳩が草原に向かって飛んできた。


「――お待ちなさい。お嬢さん」


 腰に短剣を帯びた真っ赤な僧服の青年が、その場に降り立った大鳩からひょいと飛び降りた。


「私は赤の光の僧侶アルペジオ。これ以上の試合の続行は泥沼試合。とゆーことで、双方引いてもらえるよう調停しに来マシタ。赤の者は、今日の試合はこれまで。コレ伝令。で、白の者は……」


 プロミーは納得がいかず新たに現れた調停者に訴えようとした。しかし足が固まったように動かなかった。


「悪いね、お嬢さん。不動の魔法を使わせて貰いマシタ。あ、今虹の僧侶も来ましたね」


 アルペジオが空を見上げ、一同もそれにならった。空からは白い大鳩がゆったりとやって来た。大鳩が地上に降りると、それに乗っていた黒髪の白い僧衣の僧侶がその場に参加した。


「赤の皆さん初めまして。私は白の光の僧侶ラルゴといいます。今日の試合はこれで終わりとのこと、王城からの伝令です」


 ラルゴはそれを伝えると、ロッドの方へ行った。


「女王様から『よく戦いました』とのことです、ロッド」


 そう言い、ロッドの両手を取って自分の手に重ねた。僧侶は重ねた手から癒しの魔法を戦った騎士に伝えた。ロッドは体力が回復していった。


 ラルゴは癒しが終わると、プロミーに向き直った。


「プロミーさん、残念ですが、ロッドとの旅はここで終わりです。王城ではあなたが一人旅で困らぬよう、新たに仲間を向かわせるとのことです。それまでは一人になりますが、慎重に旅を続けて下さい」


「私は……」


 プロミーは言葉を詰まらせ、それをラルゴの琥珀色の瞳は優しく包んだ。


 ロッドとブリックリヒトは場の雰囲気が試合終了へと固まると、クロスをメルローズに渡した。


「それでは、私は王城へ戻るよ」


 ブリックリヒトがそう言うと、プロミーに手を振った。


「またね、プロミー。私は王城で戦いを見ているよ」


 最後の挨拶の後、ブリックリヒトはその場から消えた。


 メルローズとガーネットがロッドとプロミーの元へ行った。


「すまない、ロッドにプロミー。こんな形で旅の邪魔をしてしまって。これは借りとして、返せる日が来たら私はそれに従うつもりだ」


 ガーネットは申し訳なさそうにプロミーを見た。


「大切な主人を嫌な結果で奪ってごめんなさい、プロミー」


 プロミーは無言だった。しかし二人に罪はないこともプロミーは分かっていた。


「それでは赤の王城へ戻ろう、ガーネット」


「はい」


 二人はその場を去った。


「では、次に会う時は赤の王城のそばの草原ね!」


 ピコットは不敵な笑みを浮かべてプロミーを見た。プロミーは睨み返した。ピコットはその眼差しを受けて立つと言った。


「楽しみにしているわ!」


 ピコットは弦を弾き地の矢をえびらに戻すと、その場を離れた。


「オレは最後の戦いに行くか分からないけど、今日はこの辺で帰るね~」


 ピコットが去ったのと同時にフローも場を外した。


 アルペジオは皆が解散したのを見て、大鳩に乗って赤の王城へ戻った。


「プロミーさん、お気を付けて」


 ラルゴは祈るように挨拶を残し、白の王城へ戻った。


「それではプロミー、ソールズの町へ戻ろうか」


 ロッドは優しくプロミーに言った。日が暮れていた。

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