Ⅸ ミドルゲーム 2. 独りのアリス㊥ 6
「ここが第三の層へ繋がる場所だと思うのですが……」
迷宮の中の二度目の行き止まりに辿り着き、その場で一夜を過ごした一行は、朝になり食事を済ませると、フローが壁を確認し、先の道へ通じる場所を探していた。しかしなかなか見つからず、ガーネットが地図を確認しながら呟いた。
「待ってねぇ。隠し扉を探すのはシーフの役目だからさ」
フローは焦らず、丹念に三方の壁を手で叩きながら次の道を探った。
「もしかして、壁ではなく、天井か床、ということはないか、フロー?」
シーフの仕事を待っていたメルローズが、思いついたようにフローに尋ねた。
「あ、それかも!」
シーフはそう言うと、まず床を足でノックした。反応は無く、次に天井を見上げた。そして鞄の中から茶色い脚立を取り出した。フローがそれをトントンとノックすると、脚立は天井まで手頃な高さになった。フローは脚立に上り、天井の中心に触れた。魔力が敷かれている手応えがあった。
「ビンゴ!」
フローは確信すると、鞄からピッケルを取り出し、天井を削っていった。ピッケルは魔術の罠に対して少しづつ攻撃を加えるアイテムで、慎重に魔術を発動させたい時に使う物だった。しばらくすると、天井にぽっかりと白い穴が開いた。
「ここが次の部屋だね」
穴が開くと、フローは脚立から下に降りた。フローは脚立をもう一回トントンとノックすると、足場が四人が立てる広さになった。
「さぁ、行くぜ!」
「待ってたわ!」
「シーフって便利な道具を持ってるものですね、メルローズ様」
「ああ、とても助かる」
一行は手を繋いで脚立に上り、天井の空間を抜けた。
「あれって何かしら」
ピコットが道の先に佇む土色の小山を見付けて言った。
「ゴーレム、という怪物だろうな……」
メルローズが自分も初めて見た、という風に答えた。
「ゴーレムってアレ、古代では戦力になったっていう魔術で動く土人形だっけ?」
フローがあやふやな知識で呟いた。
「で、どうやって倒すわけ?」
ピコットが誰ともなく聞いた。ガーネットが鞄から大きな本を出してめくった。
「ゴーレムは古代文字で“メイト”と書かれたお札を額に貼れば動きが止まるそうですよ」
ガーネットがモンスター図鑑を読みながら言った。
「へぇ」
「魔術のお札は持ってないわよね」
ピコットが事実を言った。
「じゃ、オレが魔術解除するから、皆は援護を頼むよ」
「しかし、私とガーネットは魔法が使えないから、物理攻撃では役に立てそうにない」
「あ、それなら、シーフの秘密道具があるよ」
フローは鞄からスプレー缶を一つ取り出した。そこに貼られたラベルには“魔力攻撃”と書かれていた。
「これを吹きかけた武器で攻撃したら、一時的に相手の魔力を減らすことができるんだよね」
メルローズは長柄の付いた斧をフローの前に差し出した。フローはスプレー缶を振ると、しゅーっと斧の刃に吹きかけた。白色の霧は刃を磨いたように輝かせた。次にガーネットが剣をフローに差し出した。そして同じくコーティングして貰った。
「それ、便利そうね。私の矢にも吹きかけてくれる?」
「OK!」
フローが注文通り、ピコットの持つ矢の矢じりにスプレーを吹きかけた。
「このスプレーは今は預けるから、効果が切れてきたら、また吹きかけてね」
準備が整うと、フローは鞄から大きな鎌を取り出した。
ゴーレムは魔術で動いているので、魔術が操り人形の“糸”である。その“糸”さえ切れば、あとは土の塊は砂粒に戻る。フローはゴーレムに駆け寄り、その魔術の“糸”を切るため、足の付け根目掛けて大きく魔術解除の鎌を振った。怪物は足を斬られ、足は砂粒に戻った。
「私も応戦するわ!」
ピコットがそう言うと、遠くから一本の矢をつがえ、ゴーレムの眼に向けて矢を放った。矢はみごと怪物の眼に命中し、視界を奪った。
「もう一つ!」
ピコットは今度は白い羽の矢をゴーレムの額に向けて放った。すると、怪物の頭に雷が落ちた。ゴーレムは頭部をやられ、ふらついた。
「今のは雷の矢!」
ピコットが大当たりを喜んで言った。フローが膝をついたゴーレムによじ登り始めた。
「私たちも戦おう!」
「はい、メルローズ様!」
メルローズはゴーレムに駆け寄ると、斧で大きな背を一薙ぎした。傷口は砂となってこぼれていった。すかさずガーネットも同じ所を剣で突いた。濡れた土のように剣は怪物の体に食い込んだ。
ピコットは雷の矢をつがえ、もう一度頭に当てた。立ち上がりかけていたゴーレムは、再び揺れて膝を折った。
フローは頭に上ると、額に貼られた札に手を当て、魔術の解除を始めた。
「ちょっとコレだと時間がかかるかな」
フローは楽しそうに作業を続けた。
「雷の矢だけ戻って来て!」
ピコットは弦をはじき二本の矢を呼び寄せた。そして、再び繰り返し、ゴーレムに矢を放った。メルローズとガーネットも攻撃を続けた。
しばらく戦闘は続き、メルローズとガーネットの武器が、歯が立たなくなってきた。二人は一人づつ戦線を離脱し、フローから預かったスプレーを刃に吹きかけた。
「これでいっちょ上がり!」
フローのその声が響くと、ゴーレムはがくんとくずおれた。魔術の解除が成功したのを見て、フローは地上に戻った。
「今は一時的に魔術解除しているから、また起き上がらないうちに、ここを離れようぜ」
フローは衣服をぱっぱと払いながら、三人に話し掛けた。
「お疲れ様!」
ピコットが労いの言葉を放った。
「スプレー缶をありがとう」
メルローズは感謝の言葉を伝えた。
「このスプレーはウィンデラでしか売ってないから、もし町に来ることがあったら、道具屋を覗いてみたらいいよ」
四人は会話が一段落すると、足早にそこを離れた。
歩いているうちに、異空間の出口に辿り着いた。そこはぽっかり空いたドアのような空間があり、その先は土の遺跡の風景に戻っていた。