Ⅸ ミドルゲーム 2. 独りのアリス㊥ 4
「うーん、どの方角でも、奥の入り口には通じていないね……」
ブリックリヒトは首を傾げた。行き止まりの壁を三方とも調べてみたが、その先に別の空間がある様子は無かった。しばらく悩んでいると、「そうだ」と呟いた。そして体を浮遊させ、天井まで飛んだ。そこで天井を杖で叩いた。
「ここみたい」ブリックリヒトは空で寝転んだ姿勢で天井に向かい合い、呪文を唱えた。
「天の壁よ、我を通したまえ!」
すると天井は穴が開き、その先に白い空間があった。ブリックリヒトは降りて来ると言った。
「行こう」
プロミーが困ったように答えた。
「私たちは飛べませんが、どうやって行くのですか?」
「私は魔術師だからね。あの空間まで皆を連れて行くよ」
ブリックリヒトは杖でこつんと床を叩いた。壁の土が少しずつ床に集まり、土の階段を創った。
「ありがとう、ブリックリヒト。それでは行こうか」
ロッドの合図に、三人は再び手を繋ぎ階段を上り、白い空間へ入った。
プロミーは次の瞬間、体が宙を浮いたような感覚になった。そして少し経つと、青空が広がる草原に降り立っていた。
「ここは……」
プロミーが呟いた。まるで外の世界に出てしまったかのようだった。ブリックリヒトが答えた。
「ここは遺跡の異空間の中だよ」
そこは周りを山に囲まれた荒野だった。遠くに黄土色の小山が見えた。しかしそれはよく見ると、土でできた巨大な人形、ゴーレムだった。ゴーレムは座り、今すぐ動く様子はなかった。
「ゴーレムと戦ったことはある、ロッド?」
ブリックリヒトがふふっと笑いながら冗談めかしてロッドに尋ねた。
「いや、ゴーレムは初めて見る」
「私もだよ」
そう言いながら、ブリックリヒトの眼は好戦的な光を放っていた。
「どうやって倒せばよいのでしょう……?」
「ちょっと待ってね」
ブリックリヒトは鞄から百科事典を出し、ゴーレムについて調べた。
「うーんと……。額の羊皮紙に古代文字で“ムーブ”っていうお札があるから、それを“メイト”って書いた魔術のお札に貼り替えれば動かなくなるって」
そう言うと、ブリックリヒトは鞄から羊皮紙を取り出し、それを宙に浮かばせた。そこに杖で触れ、呪文を唱えた。
「我、札に魔力を封じる。土の人形の命を止めよ」
羊皮紙には白く光る文字で古代文字が書かれた。
「これで即席のお札ができたよ。あんまり長時間は保たないから、動きを止めたらすぐ先に進もう。私がゴーレムの後ろに回って後ろから頭のお札まで飛ぶから、ロッドとプロミーはゴーレムが前を向いているよう注意を引きつけておいてくれる?」
「了解した」
「分かりました」
ロッドとプロミーは頷くと、三人は前へ進んだ。
しばらく進み、ゴーレムの大きな影が見えてきた頃、かの怪物が動き出した。
『我は墓所を守りし墓守り。冒険者よ立ち去れ』
ゴーレムは空間に響く声で警告した。
「それでは、宜しく頼むよ」
そう言うとブリックリヒトは姿を消し、ゴーレムの後ろへ回った。ロッドはゴーレムの気を向ける為、俊足で駆け寄り足首を斬った。土くれの足はダメージが無く、ぽろぽろと少しの砂粒を落としただけだった。
ゴーレムは攻撃者を踏みつけようと大きな足を上げた。ロッドは素早く避け、その間に横に回っていたプロミーがもう片方の足を魔剣で斬った。魔剣は少し刃こぼれした。
ロッドとプロミーは、ゴーレムがこちらに気を取られている様子を見て、走り出した。時間を稼いでいる間に、ブリックリヒトがゴーレムの頭上へ姿を現した。ブリックリヒトは解除魔術をゴーレムにかけた。ゴーレムは痙攣したように一時的に足を止めた。その隙に、頭に貼られた大きな札を剥がし、自分の持つ物と取り替えた。土の怪物は力が抜けて座り込み、再び土の小山に戻った。
「お疲れさん」
ブリックリヒトが地上に戻り、プロミーとロッドと合流した。プロミーとロッドはその場で休んだ。
「体力回復ドリンクを飲むといい、プロミー」
プロミーに、ロッドは鞄から象蜂の蜂蜜というラベルの小瓶を渡した。西大陸には象くらいの大きさの蜂が住む花畑がある。そこから得た蜂蜜は旅人達の体力回復ドリンクとなった。
「ありがとう、ございます……」
プロミーはそのドリンクを飲み干した。甘味がエネルギーになるような気がしたが気のせいかも知れなかった。
しばらく休んだ後、三人は再び道を進めた。ゴーレムを越えた先の空間に、扉型の穴がぽっかり空いていた。その向こうは、土壁の遺跡の様子だった。




