Ⅸ ミドルゲーム 2. 独りのアリス㊤ 5
プロミーとガーネットは階段を駆け上がり、プロミーの部屋に入った。プロミーは旅の間、宿屋に泊る時はいつもロッドと別の部屋を使う。
「あの、ガーネットさん、私は眠りだすと姿が消えてしまうので、もし先に眠ってしまったら、お気になさらずメルローズ様のお部屋へお戻り下さい」
プロミーがガーネットに、先に注意を伝えた。ガーネットはベッドにどんと座り、椅子に座ったプロミーに尋ねた。
「アリスって大変なのね。何か困っていることでもない?」
プロミーは不思議な質問をするなと感じながら、首を横に振った。
「いいえ、ロッド様が親切にして下さるので、困ったことは思いつきません……。
あ、一つあると言えば、一緒に旅に付き添ってくれる小鹿の名前が分からないことがあります。なぜか私を知っているようなので、きっと名前があると思うのですが……」
「それは私でも分からないわよね……」
ガーネットは心の中で滑った。しかし立て直して会話を続けた。
「他にはないの? ロッドと一緒に旅をしていて、ね?」
ガーネットは年上風を吹かせ、私に相談しなさいよという風にプロミーの言葉を引き出そうとした。意味が分かってか分からないままか、プロミーが答えた。
「たまに私の考えはスターチス王様の考えと区別が付かないのではないか、と思ったりします。例えばロッド様に親しみを覚えた時、この感情は私の夢を見ている王様が思ったことなのではないか、と閃くように思うのです。思慕を感じるのに、王と騎士の信頼感が頭にかすめるのです。でも、それでも温かい感情には違わないので、私は思い出を集めるように、心の中でしまっておくのです。
それに自分のことを他の“誰か”ではないかと思うこともあります……」
「それってややこしいけど、結局、ロッドが好きってことよね」
ガーネットは核心を突いた。プロミーはあっさり答えた。
「はい。ロッド様を慕っております。……でもロッド様のお気持ちは分かりません。私にスターチス王様を見ている時があるような気がします。遠慮されていると思うのです」
「うん、でも、プロミーはプロミーだと思うわよ。たまに自分じゃない人が意識に上がってくることがあってもね」
プロミーはか細く心もとない声で答えた。
「私はチェスが終わると消える身ですから……」
ガーネットが今にも消え入りそうな様子のプロミーを励ますように言った。
「それも私じゃ解決できない問題ね。でも、気持ちは存在しているでしょ。ご飯だって食べられるし」
「ありがとうございます、ガーネットさん」
「それでロッドが好きなのよね。ずっと隠してるの?」
「私はロッド様と旅をしているだけで幸せだと思っております。出来るだけ長くおそばにいられればいいです」
「ロッドにも同じ思いでいて欲しいのでしょ?」
「私がロッド様の愛を受けたい、と思っていいのでしょうか……」
プロミーは心を言葉にした時、世界が変わった。
「願いが叶うといいわね」
ガーネットは一言恋心を祝福した。
「さて、それじゃ今日は恋バナはお開きにしましょうか……」
ガーネットが立ち上がると、プロミーが空気を読まず先輩の従者に質問した。
「……ガーネットさんは、メルローズ様がお好きなんですよね?」
「メルローズ様の話になると、今日は寝せないわよ」
ガーネットはとんと座り直して、プロミーににっと笑った。それでもプロミーは次の質問をした。
「えぇと、告白はしたのですか……?」
恋心を自覚したばかりの者は他の人の様子を知りたがった。ガーネットはふーとため息をついた。
「私の心はメルローズ様は知っていると思う。でも、私は自分の気持ちを強制はできない。メルローズ様が女性と付き合う方か分からないから。
世間では同性が好きになるのは子どものうちだけだ、という風に言う人もいて、私もまだ成人していないから違うとは言えない。それにメルローズ様がもし旅の中でいい人を見付けたら、祝福しようと覚悟は決めてるの。年の差だってあるしね」
自分の気持ちを語るガーネットの眼には強い光があった。
「もっと語る?」
ガーネットは優しく聞いた。
「はい」
プロミーは頷いた。
「……私とメルローズ様の出会いはね――」
ガーネットの話はプロミーが眠りに就くまで続いた。