Ⅸ ミドルゲーム 2. 独りのアリス㊤ 2
プロミーとロッドは翌日の昼、ソールズの町へ辿り着いた。この小さな町では旅慣れた姿の者が多く歩いていた。市場は賑わい、宿屋も多く、上級の冒険者が集う所だった。
二人は町を歩いていると、噴水広場のそばにあった掲示板で足を止めた。
そこにはこう書かれていた。
“ここから半日の森に古代遺跡あり
未踏の王の部屋まで踏み入れた者は
地図屋に踏破した遺跡の地図を教えたまえ
遺跡が現れるのはチェスの間のみ
騎士の中の王が現れると奇跡が起こるという……”
二人が掲示板を読んでいると、団体馬上試合で出会った顔なじみの二人組がプロミーとロッドを見付けた。
「ロッドもタージェル遺跡に行くのだな」
赤のナイト、メルローズだった。
「久しぶり、プロミー!」
ガーネットは元気よくプロミーに手を振った。ロッドは挨拶を返した。
「団体馬上試合では世話になったな。私たちは明日、遺跡を探索しようと思っている。この町にいるということは、メルローズ卿たちも遺跡に行くということだな」
「私たちは一昨日からこの町に滞在している。この町では丁度大きなクエストがあるということで、ロッドとプロミーを待っていた。もし良かったら、ここで勝負をしないか? 遺跡は入り口が二つあるから、明日、それぞれ別の入り口から入り、先に王の部屋へ辿り着いた方が勝ち、ということではどうか?」
ロッドは挑戦を引き受けた。
「そうだな。私はこれは“試合”でも良いと思う」
メルローズは肯った。
「私も同意だ。ここで勝負を付けよう、ロッド」
両者がお互い納得した時、新たな客がその場に現れた。
「地震、雷、火事、親爺! 何でもおまかせ、赤のポーン、魔弓使いピコット・ミル、ただいま再登場!」
弓使いは初顔の者たちに元気よく自己紹介した。
「初めまして、白の騎士ロッドに白のポーン、プロミー。って言っても、私は馬上試合であなたたちのことは見てるんだけど」
プロミーはピコットの眼にしたたかな光を感じた。
「私もそのクエストに参加するわ!」
ピコットは元気よく参加表明した。
「だって白はナイトとポーンがいるんだから、赤にもポーンが必要よね?」
「私は構わない」
ロッドはピコットの参加を受け入れた。
「はい、私も大丈夫です」
プロミーも頷いた。
「オレもそのクエストに参加してOK?」
町の人通りの中からロッド達の前に蜂蜜色の髪の青年が顔を見せた。青年は皆の前で赤石の嵌め込まれたクロスを掲げて見せた。赤石には猫の透かし模様が刻まれていた。
「初めまして。オレは赤のクイーンで盗賊のクレア・フロー。特技はかけっこと魔術の解除。入城したからクイーンの天駆けと同じ能力が使えるんだけど、ここでナイト同士が試合があるって聞いて、赤の王城から走って仲間入りに来たってわけ。遺跡探索なら魔術に詳しい人がいないと困るかと思ってさぁ?」
フローは憎めないが、しかし油断も出来ない茶色の瞳で辺りを見回した。ピコットが明るく新客を迎え入れた。
「私は賛成よ! 試合の仲間が多くなった方が盛り上がるしね!」
「おっ! サンキュー、ピコット!」
メルローズはその様子を見て、胡散臭さの漂うシーフに警戒していたが、受け入れることにした。
「分かった。遺跡は異空間魔術だから魔術を扱える人が必要だ」
フローは好戦的な眼でロッドの方を向いた。
「ところで白の方はクイーンのオレに対して誰かいない?」
「私が相手をするよ」
フローとロッドの間の空間が揺れた。そこには金の髪に金の輪を載せた白いローブ姿の青年が現れた。白のルークブリックリヒトだった。
「久しぶりシーフ君。初めましてのプロミーと赤の人達に向けて自己紹介すると、私の名はブリックリヒト。双子の弟のブラッカリヒトと一緒に白のルークをやってる魔術師で、今回このクエストに私も参加するよ。プロミーにはシエララントの王城で王に姿を変えた私の弟が会ってるよ」
フローがひゅうと口笛を吹いた。
「昇格したクイーンに対してルークが来るとは悪くないねぇ」
ロッドが尋ねた。
「ありがとう、ブリックリヒト。だがルークが城から離れていいのだろうか?」
「うん、昔から城守りが城を抜け出して冒険するのはチェスの楽しみの一つだからね」
「それじゃ、赤三人対白三人で皆でクロスを賭ける、ということでOK?」
フローが軽く確認するように皆に尋ねた。
「ロッド様がクエストで試合をされるなら、私も同じくクロスを賭けます……」
「いや、プロミー」
ロッドは優しくプロミーを制止した。
「プロミーはクロスを温存しておいた方がいい」
「でも、……心配です」
「大丈夫だ、プロミー。クエストには一緒に行こう」
ロッドはメルローズに聞いた。
「プロミーはクロスを賭けないが、クエストには参加する、それでよいだろうか?」
「それなら、私もクエストには参加するけど、クロスは賭けないでおくわ。これでおあいこでしょ?」
ピコットが明るく提案した。
「それでいい」
メルローズが承知した。話が纏まりそうな中、ピコットがガーネットを見た。
「ところであなたはどうするの?」
「私はメルローズさまから離れることなんてできません……!」
ガーネットはメルローズに縋り付くように体を寄せ、きっぱりと言い放った。
「赤の人数が一人多くなるわよねぇ……」
「私たちならそれでも構わないと思う、メルローズ卿」
ロッドはブリックリヒトとプロミーの顔を見て承諾を得てから言った。
「許してくれてありがたい。では、プレイヤーの中でこのクエストに参加するのは、赤はナイトの私とポーンのピコットとクイーンのフロー、白はナイトのロッドとポーンのプロミーとルークのブリックリヒト。ピコットとプロミーはクロスは賭けず“試合”には参加しないということだな」
一同は頷きあった。
「では明日の朝、遺跡まで一緒に行き、そこから二つの入り口で別れて探索しよう」
メルローズが話を纏めた。
「それじゃ、私は今夜は王城に戻るよ。また明日の朝、教会で待っているよ」
ブリックリヒトはそう言うと、その場で消えた。フローとピコットも、それぞれの宿屋を探したり、買い物をしに行ったりとその場を去った。
ロッドは話が終わるとプロミーを連れて宿屋を探しに行こうとした。そこへガーネットがプロミーを呼び止めた。
「今日は久しぶりに会ったんだから、私達が泊まっている宿と同じ宿に泊まって、酒場でゆっくり話をしない? いいですよね、メルローズ様?」
メルローズは話を振られてロッドを見た。
「ロッドがいいなら、私は構わないが」
プロミーはロッドを見上げた。ロッドは笑った。
「私も構わない。プロミーが世話になってもいいだろうか、メルローズ卿」
メルローズも笑って答えた。
「ああ、喜んで」
事は決まり、プロミーとロッドはメルローズ達と同じ宿屋に向かった。
「剣技は上達してる?」
ガーネットはプロミーに尋ねた。プロミーは答えた。
「はい。長剣も使えるようになり、何とか自分の身を守るくらいは動けるようになりました」
「それは良かったわね。今夜はあなたの部屋に遊びに行って、色んな話をゆっくり聞かせて貰うわね」
ガーネットが弾んだ声でプロミーに言った。
宿屋に着くと、ロッドとプロミーは部屋を決め、夕食時に一階の酒場で合流することを約束し、一旦メルローズ達と別れた。それから二人は白馬と小鹿を宿屋に預け、町に旅の道具を揃えに行った。