Ⅸ ミドルゲーム 2. 独りのアリス㊤ 1
「独りのアリスがおりました。
深い緑の森の中。
眠れる王の目覚めの為に
旅人を待っておりました。
王は古の遺跡の中
アリスは王のおそばへ行けません。
旅人達が遺跡を探すも
王の部屋は見つかりません。
ある時旅のアリスが森の中
独りのアリスを見付けました。
旅のアリスはチェスの参加者でした。
旅のアリスは尋ねました。
どうして泣いているのかと。
独りのアリスは言いました。
王が私を地上に置いて隠れてしまったと。
独りのアリスは頼みました。
どうか遺跡で王を見付けてと」
セラムを出発したプロミーとロッドは、ソールズの町へ向けて旅の道を進めていた。日が暮れた頃、二人は森の中で旅の足を止めた。その日は森の中で野宿となった。いつものようにロッドとプロミーは手際よく火を熾し、夕食の干し肉を軽く炙り、パンとともに食した。
夜になりプロミーが眠ろうとした時、森の奥から人の声が聞こえた。少女の声だった。プロミーは自分が眠ってしまったのか起きているのか分からないまま、森の奥へ行った。プロミーにとって眠りは意識が消えることである。朝起きると意識が戻り、眠っている間は姿も消えている、とロッドから聞いていた。しかし歩いている自分がいるならまだ姿を保っているのだろうか、とも思った。しかし、隣にいたロッドはプロミーの行動に気付いていない。夢の中とはこのようなものか、とプロミーは思った。
少し歩くと、夜なのにうっすらと明るい森の空き地に辿り着いた。そこには、同じくらいの年頃の、白い衣の緑色の髪の少女が歌っていた。
「独りのアリスがおりました。 深い緑の森の中」
プロミーは不思議な少女に声を掛けた。
「あなたは誰ですか?」
少女は振り向くと、プロミーに一礼した。眼には涙を溜めていた。
「私はアリスのワース。アルストロメリア王がお忘れになった夢です」
プロミーは初めて自分以外のアリスに会って驚いた。しかしかのアリスは深い事情がありそうだった。姿はまるでドリヤードのように髪色が緑で耳がとがっていた。
「我が王はタージェル遺跡の奥深くにお眠りになっておられます。お眠りに就かれてもう二千年にもなりますが、魔法で私を地上に置いておかれました。私は王の残留思念のようなものなのです。長い年月、ここで森の魔力を糧に存在し続け、見た目は木の精霊のようになりました。私を見かけた人は“森のアリス”と呼びます」
「どうして独りでいるのですか?」
森のアリスは肩を落とした。
「それは私にも分からないのです。王はなぜ私を置いてお隠れになられたのか」
白い月が高く昇っていた。夜は静かで、鳥の気配もしなかった。
「タージェル遺跡には冒険者が集まり、王の眠られる部屋を探して探索するのですが、だれも到達した者はおりません。私は姿を消しながら新しい冒険者の後を追って王の部屋を探すのですが、見つけられません。どうか旅のアリスさん、タージェル遺跡で王を探して下さいませんか」
プロミーは頷いた。
「はい、タージェル遺跡には行く予定でしたので、このことを私の主人のロッド様にもお伝えしてみます」
「ありがとう、旅のアリスさん」
「私の名前はプロミーといいます。あの、ところで、ワースさん……」
「アリスについて知りたいのですね、プロミーさん?」
ワースはにこりと微笑んだ。
「あなた達のことは風の便りに聞いています。長く生きた私が少しばかりアリスについてお話ししましょう――」
優しい風が二人の少女の間を通った。
「アリスはチェスが始まる前のその昔、王がご自分の領土の様子を視察したり、敵の領土を偵察するために使われた魔法でした。王の息抜き、という側面もありました。夢使いは昔は魔力の高い魔術師も使っていました」
「アルストロメリア王はどのような方だったんですか?」
「アルストロメリア王は優しい気性で、私に対してとても良い扱いをして下さいました。私と王は主従のような関係でした。
アリスと王の関係はそれぞれのようですね。相棒のような関係や、心を分けた分身のような関係などですね。王の心を映す者もあれば、全く記憶を持たない者もおりました」
「アリスはチェスで何ができるのですか?」
「私の長く生きて知る限り、王城へ行って、相手の王と一騎打ちをされることが多いですね。魔法に長けた王のアリスなら、魔法を使う場合もあります。
チェスでアリスを選ぶ王様は三分の一くらいです。勝敗は五分五分で、アリスが有利か不利かははっきりとは言えません。
アリスはたいてい年頃は十代で、アリスという名前ですが、少年のこともありました」
「あの、歴史の中でアリスはチェスが終わってからも現れることはありましたか……?」
プロミーは小さな声で、期待を込めて祈るように尋ねた。ワースは申し訳なさそうに答えを返した。
「ごめんなさい。あなたの希望になるお答えは、私は持ち合わせておりません……」
「そうですか……」
プロミーは顔を曇らせた。ワースは空を見上げた。傾きかかった月が雲に隠れた。
「そろそろお休みのなった方がいいでしょう。今夜はありがとう、プロミーさん」
ワースは優しくプロミーの肩を叩いた。プロミーは頷いた。




