Ⅸ ミドルゲーム 1. 帰郷 4
町に戻ったロッドはプロミーに次の行先を告げた。
「今夜は私の育った館で泊まろうと思う。館は町の奥にある」
ロッドがゆっくりと先へ行き、プロミーが後を追った。町を横切り、そのまま町から離れて山道を進むと、城のような大きな館があった。その館はひっそりとし、森に囲まれていた。
ロッドが扉の前に立った。老紳士が扉を開けた。
「お待ちしておりました、ロッド様」
老紳士は礼をして客人を迎え入れた。馬丁の少年が老紳士の横から現れ、ロッドの愛馬とプロミーの小鹿を厩舎へ連れて行った。老紳士は二人をそれぞれの客室へと案内した。館は古いようでいて、魔力できれいに整えられていた。二人の他に客人はいないようで、館の中は静かだった。プロミーが客室で荷を解くと、食事の準備が整ったとのこと老紳士が知らせに来た。老紳士に案内された部屋へ行くと、食卓が整えられていて、ロッドが先に座っていた。
食卓には、サーモンの切り身や玉ねぎの乗ったガレットと、タラを煮た物や牡蠣などの海鮮料理が並んでいた。老紳士がプロミーに料理の説明をした。
「魔力を持つ湖に釣り針を垂らすと海に繋がっておりまして、セラムの漁師は海の魚を捕ることに長けているのでございます。湖岸では貝類も採れます。この町は山里ですが海鮮料理が郷土料理なのです」
不思議な気持ちでプロミーは料理を口にした。なぜかどこか懐かしい、とプロミーは思った。
食事が済むと、老紳士は食器を片付け、透き通った透明なお茶を客人たちに差し出した。
老紳士が離れると、ロッドが話をした。
「ここは私が七才まで育った館だ。私は騎士の名家インガルス家に生まれた。私が生まれた時、城に滞在していた異界の旅人が私が誉れ高い騎士になるだろうと予言した。そして、その異界の貴婦人は自分に子どもを預ければ、最も名誉のある騎士に育て上げると誓った。それで私はこの館に預けられ、ここで育った。先に紹介したホレスもこの館で育てられた。
七才になると、インガルス家の親戚の者の城で騎士見習いになった。その時ラベルも礼儀作法などの教育を一緒に受けた。そして十二才で従者となったが十五才くらいから一人で馬上試合に参加するようになり、二十一才の今、騎士となった。
異界の貴婦人はよく旅をする者で、私に西大陸のことや異界のことを教えた。私自身、魔力を持たないが、不思議なことに関する知識を得た。この館に集まる客人も異界の者が多かった。今も異界の貴婦人はどこかで旅をしているそうで、普段はあまりこの館にいることがない」
プロミーにとって異界の者の話は初めてだった。新聞を発行しているのが鏡の国の者というくらいしか知らなかった。
「西大陸では異界の者が子どもを育てることが多いのですか?」
プロミーの質問にロッドは首を横に振った。
「いや、他にないことだ。異界の者は西大陸で旅をしていてもあまり正体を言わないものだそうだ」
「異界の貴婦人にお会いしてみたかったです……」
プロミーが小さく呟いた。
翌日の朝、ロッドとプロミーは食事を済ませると、旅の支度を整えて館を後にした。町へ降りると、教会へ立ち寄った。教会では僧侶の挨拶と共に、暁鐘の知らせを受け取った。
「八月十六日。チェス第十六日目。暁鐘の知らせです。
この町から一日半行った先にソールズという町があります。赤のナイトメルローズ卿が昨日の夕方から逗留し、ポーンの弓使いピコット・ミルが、今日ソールズの町に着くでしょう。
その町は昔から古代遺跡タージェルが近くにあることで有名です。その古代遺跡は夏のチェスの間しか現れない不思議な遺跡です。そこでは古の王が眠っています。古い言い伝えでは、“騎士の中の王”が古の王を救う、と言われています。
騎士を始め冒険者たちは異空間で閉ざされたその遺跡を探索するのですが、誰も王の眠る部屋まで辿り着けた者はいないということです。
タージェル遺跡にはもう一つ不思議な話があって、眠れる王は、この世に“アリス”を残した、ということです」
騎士の中の王とはロッドにぴったりのクエストだ、とプロミーは思った。僧侶の話を聞き、ロッドは心に決めた。
「では、私達もソールズへ行こう」
「はい、ロッド様」
ロッドとプロミーは教会を去り、街道を船着き場の反対方向へ進んだ。森の道をしばらく通ると、後ろに大きな湖があった。セラムの町を後にし、二人は旅を続けた。