Ⅸ ミドルゲーム 1. 帰郷 2
ロッドとプロミーは白の王城を出立した後、六日かけて湖の町セラムへと向かった。その間、赤の者に会うことは無く、穏やかな旅となった。
チェス十五日目の昼、二人は大きな湖の前に来た。そこでロッドは馬を止めた。プロミーが不思議そうにロッドを見た。その湖は大きく、馬や小鹿で渡れそうに無かった。ロッドは馬から降りると、馬具に留めてあった槍を外し、湖に投げ入れた。ロッドは説明した。
「私の育った町セラムは魔力を持つさまよえる湖の下にある。この町に入るには、旅人は己の武器を湖に投げ入れれば、町の番人が舟で迎えに来てくれる。プロミーも剣を町の番人に預けてほしい」
プロミーは不思議な話を信じ、魔剣を湖に沈めた。すると、大きな舟が遠くから現れ、こちらの岸に流れるようにやって来た。
「久しぶりです、ロッド」
舟の船頭が親しみを込めてロッドに挨拶をした。
「私が騎士に叙任されて以来だな、この町に挨拶に来るのは。ホレスは元気にしているだろうか?」
「ええ、とても会いたがっていましたよ。こちらはアリスのプロミーさんですね」
船頭の言葉にプロミーはお辞儀をした。船頭は優しく笑って返した。ロッドは馬を連れて舟に乗った。プロミーも小鹿を引き連れて後に続いた。船頭は客人が乗り込むと棹で漕ぎ、湖岸から離れた。
「この町は不思議でしょ? プロミーさん」
船頭は湖の中で舟を滑らせながらプロミーに語った。
「一つ昔話をしましょう。昔この町がまだ地上にあった頃、呑兵衛の魔術師が町の酒場でツケで大酒を呑んでいたそうです。その魔術師は何ヶ月経ってもツケを払わず、呑んだくれていたということです。困った酒場の主が魔術師が素面の時にツケの支払いを要求しました。すると魔術師はお金はないけれど、町に魔力のある湖を呼んで町の防護にすることができる、と答えたそうです。酒場の主は町の人たちと相談して魔術師の提案を受け入れました。それがこの町です。変わった昔話だったでしょう? ほうら、そろそろ着きますよ」
プロミーが周りを見渡すと、いつの間にか湖面が両側に岸のある川に変わっていた。船頭が岸に舟を止めると、ロッドは船頭に礼を言った。船頭はロッドとプロミーに武器を返し、「良い旅を!」と一言告げた。ロッドは馬と共に舟から降りた。辺りは森に囲まれており、小道が一本続いていた。
「この先に町がある」
ロッドは馬に乗り先へ行った。プロミーは小鹿に乗って後を追い、細い森の道を進んだ。
それほど経たぬうちに、町に辿り着いた。その町は、西大陸の他の町と変わらなかった。しかし旅人の姿は無かった。
町を歩く人たちは、ロッドに気付くと、祝いの言葉を贈った。
「ロッド様! 団体馬上試合の勝利おめでとうございます」
「当世一の騎士のご帰郷お疲れ様でございます」
「異界の貴婦人もお喜びでしょう!」
道端にいた花売りの少女が、ロッドに一輪白い花を贈った。ロッドはそれを優しく受け取ると「ありがとう」と応え、鞄に刺した。
ロッドとプロミーはまず教会へチェスの進捗を聞きに行った。小さな教会では若い僧侶がロッドとプロミーを出迎えた。
「お久しぶりです、騎士ロッド。チェスのご活躍ここで伝書鳩にて伝え聞いておりました」
「今日は一日館で足を休めて行こうと思っている」
「今は異界の貴婦人は旅に出て不在ですが、館の方々はご帰還を喜ぶでしょう。こちらはプロミーさんですね」
プロミーは僧侶に礼をした。僧侶はにこりと笑った。
「ロッドは無茶を好んで選ぶ所があるから、従者も大変でしょう」
「ロッド様には良くしてもらっています」
誤解を解こうとするように、プロミーは答えた。僧侶は本題に入った。
「それではチェスの話をしましょう。八月十五日。チェス第十五日目。今日は新たな攻撃も試合もありませんでした。白の王城から出発した白の攻め手達は、それぞれ遮る者なく旅を進めています。白の王都の東側の草原では白のナイトラベルと赤のポーンバスクが戦っております。十日に白の王城に入城して昇格した赤のクイーンフローは今は赤の城にいます。赤のポーン、ジークとルーマは白の王都の方角へ向かっています。以上です。
それでは、この町に足を止めた旅する若者たちにひと時のやすらぎを与えよ!」
僧侶は話の最後に祝福の言葉を贈って微笑んだ。ロッドとプロミーは教会を後にした。