Ⅸ ミドルゲーム 1. 帰郷 1
金の月が闇夜を煌々と照らしていた。赤の王城の人気のない回廊でブラックベリは部下と話をしていた。それはシモンの宿屋から持ち出してきたクロスの話だった。二言三言短く確認すると、部下は消えた。
「聞いたぞ。ブラックベリ」
黒衣の僧侶は振り向いた。その先の回廊の角から女騎士が現れたのを見て、僧侶は微かに金の目を細めた。
「これは、メルローズ卿」
ブラックベリは、王家の重臣にゆるりと会釈をした。今まで薄暗き密談を交わしていたことなど、まったく表情に見せなかった。
メルローズは僧侶の余裕に圧されることなく、短い言葉で詰問した。
「クロスを隠すとは、不正を為すつもりか」
僧侶は意味深長に一言ささやいた。
「これを知る者は、腹心以外あなたのみ」
しかし硬骨の騎士は、これをきっぱりと切り返した。
「天知る、地知る、子知る、我知る。なんぞ知るもの無しといわんや」
両者は平行線上をまったく譲らなかった。この芯の強い古参の家の騎士は、王城内でも女王アキレスの次に不正を憎む。僧侶は深く息をついた。
「クロスは僧籍にある者のみが知ることのできる場所。あなたには見つけられない。メルローズ卿」
ブラックベリは、メルローズの責め立てる強い視線を冷たく受け止めた。
「私は貴公の為すことを認めない。ブラックベリ、いつか違法が糾される時、私は追及者を援ける」
睨み合いは、王城内で騎士を探していた従者の声が回廊にこだました時、すっと幕を閉じた。ガーネットが主人の下に駆けつけると、ブラックベリは騎士に一礼して、ゆったりとその横を通り過ぎた。
騎士見習いの少女は、去り行く者を目で追いながら、この珍しい取り合わせと主人の怒りに戸惑った。
「……メルローズ様? どうなされました……? 明日はまた旅立ちです。今宵はお早めにお休み下さいませ。今の方は、金の瞳の闇の僧侶ブラックベリ。魔法学を学ぶ僧侶が魔術をたしなむという異色の王付き僧侶……」
霧の僧侶は回廊の奥の闇の中に消えていった。