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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅷ-ii ゼミ
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Ⅷ-ii ゼミ (8月8日、8月16日) 2. 同じ色のクロス

 えんじと豊が圷教授の部屋から出ると、入れ替わりに秀に会った。


「あ、秀さんも今日面談だったんだね」


 豊は秀に明るく挨拶をした。秀は少しばかり暗い表情をしているようにえんじには見えた。

「はい。でも一冊本を読んだだけだから、全然進んでなくて……」


「まだ夏休みの三分の一だから、大丈夫だよ、秀さん!」


 豊は秀を元気よく励ました。秀は微笑んだ。


「そうだね。お二人さんは進んだ?」


「うん、予定通り進んでいるよ。今のうちに進めておいて、後から楽したいしね」


「順調で何よりです、あ」


 雑談の途中、秀は鞄に入れていた携帯端末が震えた。


「ちょっと待ってね」


 そう言うと、秀は手提げ鞄の内ポケットから携帯端末を取り出した。それと一緒に銀のクロスも掴んでいた。そのクロスは、真ん中に白い飾り石が嵌め込まれていた。えんじは声を出した。


「秀さん、それ、駒のクロスかな……」


 豊はその言葉を聞いて同じくクロスを見た。


「あれ、本当だ!」


 秀はクロスをえんじと豊に見せた。


「“The Chess”を知ってるの?」


 秀はいつの間にか顔が明るくなっていた。えんじは答えた。


「私は白のポーンのエンドワイズ・ジェインさね」


「私はえんじと同じで白のポーンのパズル・マイクロフトだったよ」


 秀は喜んで目が輝いた。


「じゃあ、八月一日に紅雲楼にメッセージをくれたのは、お二人さんだったんだね」


 えんじがチェス初日を思い返した。豊がえんじに確認した。


「え、確か私たちが紅雲楼でメッセージを送ったのって、一人しかいないよね、えんじ?」


「ということは、秀さんが“The Chess 情報倉庫”の管理人さんだったということさね」


 秀は頷いた。


「そう、私です。こんなに近くに駒のクロスの読者がいるとは思わなかった。これから圷教授と面談があるんだけど、その後、少し話せる? 少し待ってて欲しいんだけど……」


 えんじと豊は顔を見合わせ、新しい仲間に答えた。


「それじゃ、四階の大講堂前のベンチに座ってえんじと待ってるよ」


「話を聞きたいさね」



 えんじと豊は大講堂の近くのベンチで二十分ほど秀を待っていた。ベンチは大窓に面していて、夏の日差しを照らしていた。人のいない廊下はえんじと豊の貸し切りのようだった。秀は用事が終わると、えんじと豊の元へ来た。


「卒論が進んでないから怒られるかと思ったけど、圷先生はいつも通り飄々としていて安心したよ。まだ卒論のテーマを変えることもできると言ってくれたけど、そこまでやる気がない訳じゃなかったから、これから頑張らなくては」


 秀は豊の隣に腰を下ろした。


「でも秀さんって、サイト運営をやっているから忙しいんでしょ?」


 豊が図星を突いた。秀は苦笑した。


「本当はそうなんだ。メッセージは来るし、新しい物語が更新されたらあらすじを更新するし、気が付いたら一日が終わっている感じで……」


「それじゃ、卒論の本を読む時間がないね。夏休みの間はしょうがないんじゃない? まだ卒論は一年以上時間があるんだし」


「うん、本当にそうなりそう。ダメ人間だね」


「そんなことはないさね」


 えんじが一言否定した。秀は苦笑した。


「ところで、お二人さんはエンドとパズルだったのなら、八月五日の物語の更新以来、紅雲楼にコメントが更新されなくなったよね? 何かあった?」


「それはね、えんじ、話してもいい?」


 豊がえんじに目配せした。えんじは頷いた。豊は大図書館で鏡の国のアリスの原書を探していること、くりと会ったことを秀に教えた。秀は話を聞いて驚いた。


「紛失したままになっている本があるなんて気付かなかった。“The Chess”は謎を抱えているよね」


「くりさんは司書だから、この話はここだけの話にして欲しいさね」


 えんじが秀に念を押した。秀は肯った。


「分かった。私も手伝いたいけど、サイトの方が忙しいし、メッセージで交流することが多いから、一緒に謎解きに参加できないな。何か発見があったら教えて欲しいな」


「秀さんのサイトは、謎解きの老舗さね。何か分かったら教えようと思う」


 えんじは敬意を持って秀に応えた。


「ありがとう。結局えんじはこの物語は“本当に起こっていること”と思っているんだよね?」

 

 えんじは頷いた。秀は続けた。


「私の物語の中の主人公のリュージェさんは、私達が“夢を見ている”と思っていることを知っていて、自分たちが夢なのか、と不安になってたんだよね。あちらでは私たちのことを夢に見ているようだよね。


 私たちは一日分から二週間分の物語をまとめて一夜で夢を見るけど、あちらでは、私達が見た夢の最後の日、例えば二週間分なら十四日目の夜にまとめて夢を見るらしいんだ。大怪我などをして寝たきりにならない限り。私たちの世界の時間の流れと、あちら側の世界では時間の流れが違うのかな? 不思議だと思う」


「それはつまり、あちらの世界は本当にあるって話だよね?」


 豊が確認した。秀は微笑んだ。


「まだ私にも分からないけど、そうなんじゃないかなとは感じるよ。クロスは人の見た映像や思考を直接同じクロスを持つ人に受け渡す機械じゃないかな。今世界では研究段階だけどね。研究されているってことは、いつか出来上がるかも知れないってことだよね」


「さすが秀さんさね」


 えんじの感嘆に秀は照れた。


「同じことを考えていそうな人に初めて会ったから話せたけど、こんな話なかなかできないよね」


「私も同じさね」


 秀は立ち上がった。


「今日はありがとう、お二人さん。また夏休みが終わったら大学で会おう」


「こちらこそ、秀さん」


「また話を聞くさね」


 えんじと豊と秀は一階へ降り、エントランスで別れた。



「驚きだったね、えんじ」


 豊は車でえんじの家へ送っている最中、隣のえんじに話し掛けた。えんじは車のシートにもたれかかった。


「“The Chess 情報倉庫”の中の人がこんなに近くにいたなんて思わなかったな。夏休み明けまでに報告できることがあればいいさね」


 久しぶりにえんじの明るい顔を見て、豊はにこりと笑った。



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