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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅷ-ii ゼミ
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Ⅷ-ii ゼミ (8月8日、8月16日) 1. ゼミ 2

 八月十六日、えんじと豊は卒業論文の進捗を伝えに、大学にいる圷教授の元へ足を運んだ。二人とも夏休みの間に卒業論文に必要な本を読み込んでおり、方向性が正しいかを圷教授に相談することが目的だった。また長い夏休みの間の軽い顔合わせの意味もあった。今日はくりは勤務日なので書庫探索は無かった。


 つつじ女子大の教授は大学の構内に部屋が与えられる。教授は講義や会議などの用事が無い時はそこにいた。


 えんじと豊は大学に着くと、階段で四階へ上り、教授の部屋が並ぶ一角へ行った。夏休みの沈黙した構内は、人の気配がしなかった。扉にはプレートが掲げられ、それぞれ福祉家政学部の教授の名前が書かれていた。その中の一つ、圷と書かれた扉の前で二人は足を止めた。えんじがゆっくりノックした。今日訪問することはすでに前日にメールで知らせてあった。中からは、「どうぞー」という声がした。その合図とともにえんじはドアを開けた。


 圷教授の狭い部屋は左右に本棚が迫り、大小様々な本が部屋の主を見下ろすように並んでいた。窓を背にして机があり、椅子にはラフな格好をした中年の男性が座っていた。机上にはパソコンが置いてあった。その他本も積んであり、部屋の主はまるで本に埋もれているようだった。えんじは棚の本をちらりと眺めた。本の種類は千差万別で、世界経済や歴史、また海外の文化論から占いまで幅広いジャンルだった。窓からは午前の日差しが部屋を明るくしていた。


 えんじと豊は狭い部屋にのそりと入ると戸を閉め、並んで立った。


「二人とも、どれくらい進んだー?」


 圷教授は明るい声でゼミ生に問うた。まずえんじから答えた。圷教授は話を聞いている間パソコン画面を見つめ、聞き終わるとえんじの顔を見た。


「ってことは、そこまで行ったなら、次はもう一つの方だね」


 圷教授はえんじの今までの過程を肯定した。えんじは胸を撫で下ろした。ここで間違っていたら、再び卒論を再設計して本も読み直さなければならないので、間違いは避けたかったからだった。


 次は豊が卒論の準備のために調べたことを報告した。圷教授はゆったりと椅子に腰を掛けて、頷きながら話を聞いた。話が終わると豊の顔を見た。


「それって、そうなんだよ。じゃ、この次はこれを調べるといいね」


 圷教授は豊の報告はすでに知っていたことのようだった。そして豊に次に調べることをアドバイスした。その助言は再び参考になる本を探して読んでいかないといけないものだった。えんじは豊が結構細かいところまで調べていたのに、圷教授は既知のことだったようで改めて感心した。えんじと豊はそれぞれ礼を言った。それから部屋の中の者たちは軽い雑談を始めた。


「夏休みは何してるの?」


「私とえんじは図書館でアルバイトしています」


「へぇ。あの図書館も不思議だよねー」


「何か知っているんですか、先生?」


 えんじは好奇心旺盛なこの教授が大図書館の謎を何か知っているかと期待した。圷教授は否定した。


「いやー何も。でも例えば一階にある噴水広場。どうして作ったのかなぁとか思うよね。水気が多いと本が黴びるはずなんだけど。噴水と書架が自動ドア一枚隔てて隣同士っていうのもね」


 圷教授は手元にあった扇で顔を扇いだ。


「うちのゼミ生の大図書館についての論文もあるよ。でも知りたいことは載ってないと思うけど」


 その後も圷教授と軽く会話を交わした。


「――ところでさ、その首に提げてるクロスは大図書館から借りた“駒のクロス”でしょ?」


 えんじと豊がそろそろ退室しようとした時、圷教授は二人を呼び止めた。意外な単語が出てきてえんじと豊は足を止めた。豊が「はい」と答えた。


「気になっていたんだよねー。学生たちの間で流行ってるでしょ。クロスを借りた人が共通の夢を見るんだって? 不思議だよね。俺は借りられないからね。ちょっとそれ……見せてくれる?」


 圷教授が二人に頼んだ。えんじと豊は顔を見合わせた。「いいよ、私ので」と豊が答えると、首からクロスを外し圷教授に渡した。圷教授は好奇心に満ちた眼でクロスを観察した。何の変哲もないクロスを裏表して見つめると、圷教授がさらに付け足して言った。眼が光った、ようにえんじには見えた。


「これ、貸してくれないかなー。調べてみたいんだよね。本当に夢を見るのかどうか。どうやって共通の夢を見るのか、その仕組みなんかをねー」


 まるで子どものような無邪気な様子だった。その意外な提案に、えんじと豊は再び目を合わせた。


「それは豊のクロスさね」


 えんじはいきなりのことで戸惑う豊を見て、きっぱり言った。圷教授はえんじの意志を見て取ると、クロスを豊に返した。


「すまないね。どうしても俺は借りられないもので」


 少し寂しそうに圷教授は言った。

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