Ⅷ チェック 2. 王城守護魔術師
「私の名はブリックリヒト。王城守護魔術師っていう、舌かみそうな肩書きの城守り」
フローは「ひゅう!」と口笛を吹いた。しかし、その目は油断なく相手の隙を窺っていた。
「この異空間魔術を抜けたかったら、自分で綻びを探すか、夕方まで待つしかないよ」
白い景色が草原の風景に変わった。ブリックリヒトはすうっと風景に溶け込むように姿を消した。フローは周りをよく見てみた。草原はスターチスの花々が咲く牧歌的な光景だった。空は水色で、外の世界と同じ日の高さだった。
「さぁて……と」
フローは小さく呟くと草地にあるスターチスの緑の茎を一本抜いてみた。紫色の萼片の中に白い小花が咲いていた。風が吹いた。すると先ほどの茎を抜いた場所に、何食わぬ顔で新しい茎が伸び花が咲いていた。フローはこの空間は修復機能がある、と理解した。
フローは肩掛け鞄から大きな鈍色の鎌を取り出した。これは魔術を解くためのシーフの道具だった。どちらかというと乱暴に魔術に攻撃を加える物で、宝箱にかかった魔術などではなく“壊してもいい大きなもの”にだけ使う代物だった。例えば魔術にかけられた岩の洞窟に刃を立てるなどである。そうすると、魔術だけ解除される。
フローは一つ空間に向けて力強く鎌を振るった。空間が裂ける、かと予想したが、いかんせん王城守護魔術師の異空間には効かず、素振りに終わった。フローは満足そうに小さく笑った。そして次に花畑に鎌を振るった。勢いよく次々と草を刈っていき、空間の修復機能を凌駕するスピードで一直線に進んだ。これで修復が間に合わず空間が揺らぎ隙を見せることを狙った。フローの後ろで空間がヒートして焼ける匂いがした。フローは魔術を解くいい手応えを感じた。が、一たび大きな風が吹くと、草原はまた元に戻った。
「そうでなくちゃ……!」
フローは立ち止まると前を見つめた。何もない所からこの空間の主が現れた。
「運動お疲れさん。一つヒントを言うと、空間の綻びは草原の中から探せばあるよ」
ブリックリヒトが現れたと同時にフローはその背後に回って飛び蹴りをかまそうとした。しかしその前にブリックリヒトはすっと消え場所を変えて現れ、一言ヒントを与えて、再び消えた。フローは好戦的な眼差しで辺りを見回した。
フローは鎌を鞄に仕舞うと、次の行動を考えた。空間の主のヒントでは、草原の中に空間の綻びがあるということだった。要は“探し物”である。これはシーフには得意分野だった。草原には魔術がかかっている。しかし魔術がかかっていない物もしくは場所がある、ということだろうとフローは予測した。フローは再び一本のスターチスを引き抜いた。それを手のひらでかざしてみる。微力ながら魔力を感じた。もしこの草原の中で魔力を持っていない花が一つあったとしたら? スターチスの小花は小さくて白い。その大きさのものを探すのは、常人には無理である。しかしフローには探し方が分かった。
フローは目をつぶり、魔術でできた空間の中で、魔力の流れを肌で感じようとした。風が流れる。風の流れは魔力の流れでもあった。その中で風が“消える”場所がある。風が消失する時、ふっと魔力が消える感覚を耳で受け取った。フローは目を開けて、鞄から小さな紙飛行機を取り出した。これを風に添って飛ばした。紙飛行機は草原の上空をずっと流れるように飛び、ある所でポトンと落ちた。その場所をフローは観察した。スターチスの白色の萼片に、黄色の小花が一つ咲いていた。
「ビンゴ!」
フローはその茎を引き抜いた。風が吹かず、茎が再び元に戻ることは無かった。そのぽつりと土の見える場所にフローは手を触れた。魔力の流れがそこだけ途切れているのを感じた。そこから魔術の編み方を解析した。そのスポットごと先ほどの鎌で切り裂いてもいいのだが、フローは異空間魔術を施す魔術師との対戦を楽しんでおり、異空間魔術全体を解除しようとした。
そのスポットは空間の綻びである。その周りを囲む魔術は不完全になっているので、フローは簡単に魔術を解くことができた。魔術は小さな単位の呪文の積み重ねで大きな魔術を作る。一つ綻びがあると、そこから魔術を解除して行けば、大きな魔力の術でも解くことができる。フローは得意の魔術の解除術でどんどん異空間を溶かしていった。草原の緑が石の床に変わっていき、水色の空が城の天井になっていった。
フローは異空間魔術を解くと、白の城の廊下に佇んでいた。頭には小さな王冠が乗っていた。