Ⅶ-ii 赤の城(8月8日) 5. 帰宅
「最近彼氏とどう?」
温は運転席で気に入った洋曲に聴き入るれいしの隣で軽く問うた。夜の道は静かだった。れいしは温を乗せて自分の薄紅色の軽自動車で帰宅する所だった。れいしは短く受け流した。
「お陰さまで」
れいしには、大学を卒業後同棲することを約束した恋人がいた。出会いの場は他大学との合同サークル“英語ミュージカルサークル”だった。
「野暮なことだったか」
温は窓の外に目を移した。
「今日の赤の城の集いはどうだったかしら、温」
れいしは沈黙した温に話を向けた。温は得意の辛口の刃を振るって、“赤の城”に集った人々をすらすらと斬っていった。
「霄草姉は纏めたがりの威圧者。妹は姉の追従者。宵宮蛍は事なかれ主義。村田ほむらは正義漢で菅原朝日はその学友。佐々木燎は人の迷惑を考えない短絡者。井富ちこは火に薪をくべる扇動者。木村早夜芽はドライな分析者。あの端っこに座っていた二人組みは、理屈好きの傍観者」
「そういう温は、今年で二回目よね。駒のクロスを借りたのは」
れいしは夜道を運転しながら、嫣然と微笑んだ。後部座席で温は、車窓の外を流れる街灯を眺めながら、ぶっきらぼうに短く「まぁね」と答えた。しかし、その声には柔らかさが少しだけ含まれていた。
「今年もバスクが参加するなら、私も借りちゃれ、と思ったってわけ」
温は外の夜闇を見つめながら、去年の“The Chess”で、風変わりな騎士がゲームの最後に心の中で呟いた独り言を思い出した。
『――俺は奪われたクロスを一緒に探してやるほどイイ奴ではない。だが、理不尽を通された奴との勝負のやり直しには参加する』
そういうわけでバスクは、騎士であっても今年はポーンとしてチェスに参加し、達成が難しい成り上がりを賭けた旅をしていた。
「意気込みに感服したわけね」
「まぁね」
温は横顔に笑みを浮かべた。