Ⅶ-ii 赤の城(8月8日) 4. 赤の城 1
十八時になった。
「皆さん、赤の城へようこそ」
れいしはゆっくりと辺りを見回した。参加者達は口をつぐみ、部屋が静かになった。
「私は英文学科四年松原れいしと申します。“The Ches”ではクイーンのアキレスです。今日はこの会の幹事を務めさせて頂きます」
れいしが挨拶をした。空気は緊張感に包まれていた。
「ここは自己紹介じゃない? れーし」
れいしのそばに立っていた滝が軽く言葉を放った。れいしは滝に向け一つ頷くと言葉を続けた。
「では皆さん、名前、ニックネーム、学年学科、“The Chess”の中での職業名と名前をお願い致します」
れいしは一人欠席の連絡が入っていることを付け足した。ビショップのクロスの所持者で、田舎の実家へ帰郷しているゆえ、出席できないとのことだった。
れいしの隣に座っていた温がゆっくりと立ち上がった。
「では、まず私からだね。英文学科三年高田温です。ニックネームは、再参加のポーン。向こうではポーンの騎士バスク。今回“The Chess”を借りたのは二年目です。こちらのれいしとは同じ高校の出身で、隣の冴とは幼なじみです」
温は最後に愛想のいい笑みを残し、辺りを見回し一礼して座った。白く透き通る肌がまるでフランス人形が微笑みかけたようだった。隣の冴が代わって立ち上がった。
「えぇ、じゃあ次は私ですよね? 私は保育学科の二年生で仙島冴といいます。ニックネームは、チムニーズが一番! です。特技は仕掛け絵本作りで、お気に入りの小説を絵本に直すことを趣味にしています。保育学科には“お話会”っていう、卒業のための履修課題があるんですが、今年は自作の仕掛け絵本を作って“小人のからくり部屋”で連載しています。お客様に年齢は問わないので、お好きな方はお気軽にお立ち寄り下さい」
「冴はポーンの暗殺者ジャスミン・ルフェよね」
れいしが冴の紹介に付け足した。冴は「そうです。私とそっくりさんなんですよ」とのんきに答えた。れいしの隣に立っていた滝が自己紹介を引き継いだ。
「福家四年、甲府滝。ニックネームは、宇宙外交官の友達。キャラはポーンのシーフ、クレア・フロー。昔からよくここにいるリーダーのれーしとつるんでいる。ちなみに、同い年で同じ学科の従姉妹が白のクロスを借りてて、そっちはポーンの魔術師クオ・ブレイン」
滝の紹介が終わると、背が高く、薄紫色のあでやかなドレス姿の女性が立ち上がった。長い黒髪はつややかで両肩に縦ロールの房が流れていた。顔立ちは優雅で女性らしさの匂い立つ美貌だった。上品な香水の香りがふわりと辺りを舞った。
「次は私ですわね。私はれいしさんと同じ英文学科四年霄草夾子ですわ。ニックネームは麗しき翻訳家ですわ。隣の笙子は妹ですのよ。かわいいでしょ? れいしさんとは同じ学科で仲良くさせて頂いてますの。
物語ではルークのアフェランドラでございます。赤のお城でお会いした方とはこの会の始まる前に少しお話しさせて頂きましたが、すでに会ったことのあるお仲間のような感じですわね」
「『~ですわ』って喋る人初めて見た」
温が一言小さく呟いた。次は綺麗な黒髪をワンレンボブにした、化粧気のない白い素顔が美しい女学生がゆるりと立ち上がった。
「それでは次は僕ですね。僕は夾子お姉さまの妹の霄草笙子です。ニックネームは笙助です。国文学科一年でございます。物語ではルークのスクアローサです。皆さまのご活躍は王城の魔法本で拝見しております」
笙子はおっとりした声で挨拶すると、深く一礼した。白地に細い黒のストライプのシャツ、黒いズボンはサスペンダーで吊り、黒いポークパイハットがアクセントになっていた。姉の華やかさとはまた違った中性的な感じのする美人だった。その黒い瞳は少年の目のようだった。
一番端に座っていた黒い麻のワンピース姿の蛍が立ち上がった。
「私は食物営養学科二年、宵宮蛍です。ニックネームはほっちゃんです。“The Chess”ではビショップのブラックベリです。クロスを借りるのは今回が初めてです。夏休みは町中の漫画喫茶でアルバイトをしています」
ここで窓側に座っている人たちの紹介が終わった。場は一息止まり、その後れいしが「さぁどうぞ」と廊下側の上座に座っていた朝日に目配せした。黄色地に白と薄い緑色のチェック柄の五分袖シャツにカーキグリーンのカーゴパンツの朝日が立ち上がった。
「私は福祉家政学科二年、菅原朝日と言います。ニックネームは暁です。向こうではナイトのウェイでした。普段は大図書館二階中央案内所でボランティアをやっています。隣のほむらとは同級生で友達です」
朝日の紹介が終わると、白いTシャツに水色のジーンズのほむらが立ち上がった。
「同じく福家二年、村井ほむらです。ニックネームは、図書ボラ二年目です。私はあちらではナイトのメルローズ。大図書館三階視聴覚コーナーでボランティアをしています」
ほむらが座ると、ファンタジー小説に出てきそうなスカート姿に甲冑をまとったちこが立ち上がった。
「じゃ、次は私だよね? 私は保育一年、井富ちこ。ニックネームは、本の森の案内人。向こうではポーンの弓使いピコット・ミル。団体馬上試合では同じ赤のポーンのオリーブに会ってるんだけど、今日初めて会ってすぐ分かったわね。夏休みは毎日、ボランティアでお話会に来た子どもたちの案内係をやってるわ。たぶん大図書館ですれ違ったことがある人もいるんじゃないかしら」
「あ、そのお姿で子どもを案内している所を見たことがありますよ」
冴がちこにほわんと言った。冴の一言は場を和ませた。
ちこの紹介が終わると、その隣に座っていた友人の燎が後を引き継いだ。黒の綿のズボンに、白黒のチェック柄の半袖シャツを着ていた。
「私の名前は佐々木燎。食営一年。ニックネームは、そば定食。向こうではポーンの魔剣使いフーガでした。夏休みは毎日一階フードコートでアルバイトをしています」
燎は軽く頭を下げた。
隣の者がすらりと立ち上がった。深緑色のロングスカートの長身美女だった。白い顔は彫りが深くて鼻梁が高く、ヨーロッパ風の顔立ちだった。
「私は保育二年、木村早夜芽。ニックネームは静かな人形遣い。“The Chess”ではポーンの半ドリヤードのオリーブ」
早夜芽は落ち着いた、少し冷たそうな目で辺りを見回した。冴が早夜芽に声を掛けた。
「毎日二階の“森の広場”でお話会してますよねぇ? 私の次なんですよ」
早夜芽は冴の言葉に会釈した。
隣の黒の細身のスラックスにグレイの半袖シャツを着た要が立ち上がった。
「それでは私の番ですね。食営二年、斉藤要。ニックネームは推理小説愛好家。向こうの世界ではポーンの宣伝人ジークです。夏休みは特に予定が無く、大図書館で本を読んでいます。この本は不思議ですね。赤の城で毎日お会いした方々は、“こちら”で会っても分かるものなのですね」
最後に入り口付近の末席にいた、薄紅色の浴衣姿の小春が挨拶をした。
「最後となりましたが、私は伊豆江小春と申します。国文学科二年。ニックネームは島村でございます。“The Chess”を借りたのは今年が初めてとなります。私が受け持つ主人公は、小竜使いのルーマ・ルイゼです。夏休みは生け花サークルに顔を出すため時々大図書館に参ります」
自己紹介はすべて終わった。集まったのは十四人だった。
「って、王サマいないじゃん」
温は最も場が白ける事をすっぱりと言い放った。集まった面々の中にキングのクロスを示す者はいなかった。
「お寝坊でもされたのでしょうかねぇ」
冴がいつものようにのんびりと惚けた。現在夕方の六時半である。温は麗しの笑顔で毒舌を吐いた。
「ありえねって」
「キングの読者はこのゲームに気が進まないということでしょうね」
れいしが場を取り纏めるように言った。ドアの付近に座っていた二人組みが小声でささやき交わしていた。
「残念でしたわね、要さん」
「話が聞けるかと思ってましたが、小春さん」