Ⅶ-ii 赤の城(8月8日) 3. 不気味な一致
蛍は赤い石の嵌め込まれた駒のクロスを不気味に思っていた。
蛍はつつじ女子大学福祉家政学部営養学科二年だった。普段はつつじ市内の漫画喫茶でアルバイトをしていた。お金を貯めたら、海外旅行をしようと計画していた。
漫画喫茶には、高校生の客が多かった。夏休みとなれば、友達とたむろする場所として、漫画喫茶の四人用個室が人気だった。蛍はそこでの会話をよく耳にした。今人気のアニメや漫画、たまに小説などの話が和気藹々と語られた。その中で、その日は“The Chess”の話を耳にした。八月四日夕方のことだった。
「ねぇ、これ、知ってる?」
「あ、“駒のクロス”というヤツじゃない?」
「そうそう。――売れるかな?」
「え、図書館で借りたものをどうして売るって? でもあんた、確か観戦者用クロスで宿屋の主人の夢を見たって言ってなかったっけ?」
「だから違うよ。私が借りたんじゃなくてね」
「どういうこと?」
「今日学校行って誰もいない教室に入ったら、鞄が一つ置いてあったんだけど、何か財布でもないかなと思って調べたら、コレがあったんだよ」
「そういえばあんた、前もクラスメイトの定期券代を財布から盗んでたよね。で、親に秘密でガチャに使ったとか。また盗んだの?」
「だから、売れないかなって」
「そんなバカやってないで返しなよ――」
いつもの他愛のない会話の中で、蛍は高校生の窃盗の話を耳にした。それは通報すべきかも知れなかったがどうすればいいか分からず、その日はアルバイトが終わると帰宅した。
その日の夜、“The Chess”の夢を見た。夢の中の主である赤の僧侶ブラックベリが、宿屋の主人シモンの手にあった駒のクロスを持ち去った。蛍は奇妙な一致を気味悪く感じた。こちら側でクロスを盗んだら、夢の中でもなぜか持ち主が代わったということだろう。そして、その事件を夢の中の主ブラックベリが誰よりも早く“知っていた”ということである。
どうして知ることができたのか。もしかしたら“私が知ったから”ではないか、と蛍は予想した。夢の主が自分の知識を“知っている”かも知れない……。では夢の中の主は私の夢を見ている? 奇妙な現象にクロスが不気味だった。
次の日も、漫画喫茶にまた同じ高校生が来ていた。
「駒のクロスなんだけどさぁ、無くなったんだよね」
「えっ?」
「昨日までは鞄に入れていたんだけど、今朝起きた時には無かったんだ」
「ヤバいじゃん。パクって紛失したなんて」
「どうせバレてないし、このままにしとこうかなって……」
蛍は窃盗者の話を聞き、顔色が青くなった。やはり通報したら良いのかと戸惑った。夏休みはアルバイト一色で大図書館には予定はなかった。そういえば、と蛍は思った。八月八日赤の駒のクロスの読者でオフ会があった。蛍は参加予定だった。そこではこの奇妙な物語について話せる人がいるかも知れない――。