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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅶ-ii 赤の城
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Ⅶ-ii 赤の城(8月8日) 2. 赤のポーン 3

 噴水広場では、待ち合わせの人が噴水の横のガラス扉のそばに背をもたせ掛けて、黒い携帯端末を見つめながら待っていた。いつもこの待ち人は待ち合わせの時間が来るまでの間、携帯端末でゲームをしている。


「久しぶり、れーし。メールでは話すけどさ、会うのは数か月ぶりだよねー」


 滝はれいしを見つけると軽く挨拶をした。れいしと滝とは同じ高校の同級生で、大学に入学してからも学部は違ったがたまに連絡を取り合っていた。滝は温や冴とはれいしを通じた仲だった。


 この滝は、いつも飄々としていて口調が軽いが、情報が入るのが早く、抜け目が無かった。


「れーしは聞いた?」


 滝が訊いた。しかし滝はいつも深刻な話題でも軽い口調でさらりと尋ねる。れいしは次の言葉を待った。


「――クロスの盗難があったって」


「これを盗むバカっているの!?」


 温は驚いた。


「でも、どうしてご存知なんですかぁ?」


 冴がのんびりとした声で尋ねた。


「風の噂。とゆーか、今回はたまたま大図書館で知らない高校生たちが話題にしているのを聞いただけ。盗難に遭ったクロスは、“向こう”ではプレイヤーの手から離れて赤のビショップが回収して教会に隠してしまったらしいって」


 不思議な話だった。クロスが盗まれたら“向こう”でもクロスの持ち主が移動した、ということだった。赤のビショップのブラックベリがクロスを隠したことは、れいしの夢の主人公、女王アキレスの耳にも入っていた。


 滝はれいしの顔を見た。れいしは口元に微笑を浮かべた。滝は察し、我が意を得たり、と目元で笑った。滝とは高校時代から目と目で会話することが多かった。


「それでは、“こちら側”のクロスはどうなったのでしょうかぁ?」


 冴が滝を見た。滝は軽く答えた。


「さぁ……。この図書館の館長がクロスを探しているってその時聞いたけど。そのクロスを隠したビショップの読者が今日は来るんだろうね」


 滝は興味深そうに眼を輝かせた。


「ところで会合が始まる前に、ちょっとお茶してく? 久しぶりに会ったわけだし」


 滝は軽い足取りでいつもの大図書館一階五番街のコーヒー専門店に向かった。


「ええ。チェスの話を聞かせてくれるかしら」


 れいしは肯った。そこは温と冴と顔を合わせた時によく行く喫茶店だった。



 店内は冷房が効いていた。まるで窓の外の温度を忘れたようだった。茶色を基調とした椅子やテーブルなどの木製の調度は古びているが、その年をとった分話すことが多いというように、いつも若い来客に語りかけて来るような独特の雰囲気があった。れいしと温と冴と滝の四人は常連客の多いその店の奥の四人掛けのテーブルに席を取った。その席の端には小さなランタンが火を灯し、壁にはチェスの棋譜が描かれた額縁が飾られていた。


 れいしと温はそれぞれ気に入った温かいストレートコーヒーを注文した。れいしはブルーマウンテン、温はマンデリンである。冴はホットの紅茶を、滝はアイスのカフェラテを注文した。


 れいしにコーヒーの味を教えたのはこの喫茶店だった。れいしは大学に入りこの喫茶店に通うようになって初めてコーヒーの味に興味を持った。よく一緒に店に入り話を交わす温も同じだった。時間に余裕のある大学生活の中で、美味しいコーヒーで過ごす時間は貴重だった。冴は「苦いの苦手です」と言って、ブラックコーヒーは頼まない。滝はその日の気分を細やかに反映して注文を変える。


 それぞれの手元に飲み物が届いた所で、滝が声を上げた。


「せっかく久しぶりに揃ったんだし、“The Chess”の保存用カードを交換してくれる? れーしサマの物語読みたいし、他のポーンのことも気になるし」


「私はまだ赤の王城だけですよ」


 冴が紅茶を器用にポットからカップに注ぎながらゆったりと言った。


「うん、OK。仙ちゃんはアサシンだよね。まだ向こうでは会ってないけど」


 滝が黒と白の二層に重なったカフェラテをゆるゆるとかき混ぜながら冴の返事ににこやかに答えた。


「私はだいたい毎夜王城での集まりに出席するだけですけど、皆さん錚々たる方たちで楽しいですよ。今夜の会合ではそこで会った方たちに会えるのが楽しみです」


 冴は滝から空の保存用カードを受け取り、携帯端末から自分の物語を複製した。その後、そのカードはれいしと温に手渡され、それぞれ同じように滝のカードに物語を複製した。そのようにそれぞれが自分の物語をここに集まった人たちと交換し合った。れいしと温はすでに互いの物語は前日に交換し合っていた。


「れーしはクイーンだから、夢の中でも王サマと話すんでしょ?」


 滝は鋭い質問をした。その眼はキングの読者の手掛かりを読み取ろうとしているようだった。れいしは答えた。


「ええ。アキレスがデンファーレ王と話すのは朝と夜しかないけれど」


「何かキングの読者のヒントはないの?」


 れいしは滝の言葉を躱して微笑んだ。


「キングの読者が今夜参加したら、聞けるのでしょうけどね」


 それから四人は手元に集められた他のプレイヤーの物語に目を通し始めた。冒険のあった人、城を守護する人、主人公を変えた物語は多層的に世界を浮かび上がらせた。


「さすがはれーしは女王様だから、物語でもゲームの流れを押さえているね」


 読むのが速い滝が楽しそうに呟いた。


「オレもクイーンだったら、このゲームを俯瞰して見られたのになぁ。でも、フローは性に合ってるから、他のキャラは考えられないなぁ。シーフって楽しいし。皆もそんな感じ?」


 れいしが答えた。


「そうね。私も滝がフローに合っているように見えるわね」


「もしかして、フローを知ってる、とか?」


 滝はれいしの言葉に食いついた。ゲームが始まって以来、女王アキレスとフローは会っていない。しかし、れいしにはポーンを選ぶ予選会の時に顔を合わせた記憶が“あった”。れいしはそっと口元を綻ばせた。


「そうね。そんな感じがしたけど?」


 滝はにかっと笑った。茶色の瞳が抜け目ない青年の影と重なった。


「さすがはれーしサマ。女王様だからお見通しってわけだね」


 窓の外は日が傾きかけていた。温が時間の経過をその場の人たちに知らせた。


「時間じゃね、れいし?」


 れいしがそっと時計に目を移した。時計は四時半を示していた。


「そろそろ会場に移る時間のようね。いいかしら?」


「じゃ、残りは向こうで読んでるわ」


 滝は軽やかに答え、四人は喫茶店を後にした。


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