Ⅶ-ii 赤の城(8月8日) 2. 赤のポーン 2
「『そうして、また一人、孤島から人が消えたのでした――』」
語り手はそう結んで、手作りの大きな仕掛け絵本をパタンと閉じた。部屋ではブリキの人形や、猫や人が踊る木製の手回しからくり箱が、低い本棚の上一杯に並んでいた。壁ではそれぞれが違った時を指す、大小さまざまな形の古時計が、かつこつと音を刻んでいた。
大図書館二階、“小人のからくり部屋”で、れいしと温は保育学科の友人が、“お話会”の課題が終わるのを待っていた。
「てかさぁ、誰も観客いないじゃん……」
温は呟いた。お話台の前に据えられた子ども用の小さな赤い椅子には、れいしと温しか座っていなかった。語り手は大きなあくびを手で押さえながら答えた。
「これでも、初日はお客さんが集まったんですよ。でもその次の回になると二、三人に減っちゃいましてね、先週の金曜日には誰も来なくなっちゃったんですよねぇ」
温が小さく「“そして誰もいなくなった”か」と毒づいた。それを横目にれいしは語り手に尋ねた。
「子どもたちが怖がるからでしょう? どうしてこの話を選んだの、冴?」
この小説は、れいしも読んだことがあった。孤島に招かれた客が、一人づつ殺されていく話である。
しかし殺人事件のシビアさとは全く無縁そうな、ほわんと間延びした声で、語り手は答えた。
「そういえば、そうですよねぇ。第一話で一人目が死んだ場面で、お話会に集まった子達は皆怯えてましたっけねぇ。とっても面白い話だから、絵本のからくりも丹精込めて作ったんですけどねぇ」
「相手選んで聞かせろよ……。で、人も集まらないのに、それでも単位はもらえるわけ?」
温は厳しい質問をした。語り手はきつい言葉を受け流して、にこにこと微笑んだ。
「もちろんですよ」
れいしは軽く溜息をついた。温と冴は幼稚園が一緒で、同じ大学に入学して再会した仲だった。冴は福祉家政学部保育学科二年だった。幼稚園の頃は二人は家が近くてよく遊んでいたが、冴が小学校に上がる頃隣の市へ引っ越しをし、大学に入るまで交流が無かった。たまたま大図書館で二人が知り合い、以降休みの日などはよくれいし、温、冴の三人で行動していた。
冴が絵本を片付けると、三人はもう一人が待つ噴水広場へと向かった。