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The Chess  作者: 今日のジャム
Ⅰ白のポーン
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Ⅰ白のポーン 1. 闇の森 3

 リアはよく響く声で白い巨人に話しかけた。


「初めまして。僕は召喚士です。その光の円は“契約の魔法陣”です。一定時間が経つと消えてしまうので、危険はありません。


 闇の森の隣街アラネスの住民から、白い巨人が人を襲わないようにして欲しいとの仕事の依頼を受け、ここに参りました。召喚士の仕事の一つに、人や動物を食する生き物に、水と少しの植物を食べるだけで生きられるように、魔力で体質改善をする契約を交わすというものがあります。その時その生き物は報酬として、契約を交わした召喚士がどこかで喚んだ時は、魔法陣の間を抜けて駆けつけ、その召喚士を助けなければなりせん。


 獰猛な生き物は、人間に危害を加えるものとして、近くの町の人間や冒険者に狩りの対象にされて、住処を逐われるか殺されてしまうことが多いです。召喚士と契約を交わした生き物は、無害の認定を受け、契約を交わした召喚士以外の人間からは干渉を受けません。契約は双方のどちらかが死ぬまで続きます。


 ほとんどの召喚士は、契約を交わした相手に死ぬほどの危険な目には合わせません。しかし、戦闘好きで、賞金稼ぎのために契約を交わした生き物を必要以上に死地に追いやるタイプの召喚士もいます。そういう人間かどうかは、契約の時、自身で判断するしかありません。契約は信頼関係から成り立つものなので、信用できない召喚士の場合、契約を断っても報復を受けることはありません。


 お身受けしたところ、百年以上人間と共生し、長生きされている巨人が、今になって人間に狩られる対象になったのは、病気の治癒のために、大量の肉が必要となったからではないでしょうか? 巨人族の場合、長い間肉類を控えた生活をすると、体が硬くなってくるといいます。もしかしたらそうかもと思い、僕が前に会ったことのある、この症状の巨人の病を治した“白い手の乙女”が調合した粉薬を用意して参りました。よろしければ、まずそれを試して頂けませんか? “白い手の乙女”の調合する薬は、西大陸の人間の間で、最も優れた良薬とされているものです。それで病が治れば問題は解決しますので、魔力を使った召喚契約を結ぶ必要はありません。町の人たちには、そのように説明します。いかがでしょうか?」


 白い巨人は人間の意外な申し出に戸惑った。この人間の話は図星であった。通常、巨人族はグルメであり、料理書を作るのを好む。が、生きるために必ずしも人間や多くの動物を食べる必要はない。国から離れ、独りで生きる巨人などは、その土地で自分が食べていけるように、狩りは捕り過ぎないよう自制しなければならない。白い巨人も、闇の森に棲み始めて以来、木の葉を捕りに来る人間には構わずに、若干の動物と木の実だけを食べていた。しかし、最近体の具合が悪くなった。白い巨人の故郷である、北大陸にある巨人の国では、この病には、肉類を多く食べると治るといわれていた。白い巨人は病を悟ると、減り過ぎないように気を付けながらも、いつもより多く森の動物を食べていき、足りない分は森に入る人間にも手を出そうとした。白い巨人は、闇が苦手な人間を森の入り口で待ち伏せして時々襲った。が、体が硬くなりつつある巨人が捕まえられたのは、人間の連れて来た猿が少しだけだった。


 白い巨人は考えた。自分は光が苦手である。始め、この訪問者がランタンをつけた時、自分の目が慣れるまでの間に、相手は不意打ちの攻撃を仕掛けることができた。逆に、まだ明かりが灯される前、森の来客に気付いた自分は、闇の中で人間を急襲できる瞬間もあった。そもそもこの客には戦闘的な感じがしない。また、今のランタンの明かりがもっと強くできるとすると、自分の目は光に負けて、人間に歯がたたなくなる。今、相手を無視して何事もなく追い返しても、再びランタンを持った者が現れては同じ事の繰り返しか、下手をすれば自分の身が危うい。巨人が簡単に人間に滅ぼされることはないだろうが、確かに森を逐われることはあるかも知れない。次の住処を探すのは、病身には大変である。この人間の話には理がある。


 巨人は熟考した末、魔法陣の中でリアに向かって静かに大きな手を出した。


「わかりました。薬をお渡しします」


 リアは白い肩掛け鞄から包みを取り出すと、瑠璃色の鳥の片方にくくりつけて、薬を巨人に届けさせた。


「その粉薬は、闇の木の葉に包んだくらいの少量で効果があります。定期的に服用すると、今お渡しした分で、病気にかかりづらい体質になるそうです」


 白い巨人が言われたとおり薬を飲むと、じわじわと病気からくる怠さが癒された。巨人は体を動かして治りかかっていることを感じると、晴れやかな表情で人間に分かるように大きく頷いてみせた。リアはそれが伝わると、自分もにこりと頷き返してから、静かに森を去る支度をした。しかし巨人は客人を引き止め、地の魔法陣を指さして巨人の言葉を話した。


「私の礼を忘れるな。私は一度助けられたのだから、私もお前を一度助けよう。契約をすれば、お前が必要な時に私を喚ぶことができるのであろう。契約は一生続くものだそうだが、恬淡としたお前は、契約相手と喚ぶのは一度だけだと約束したら、それを守るのであろう。私は闇の中でしか戦えない、巨人族は簡単には死なない、ということだけ断っておく。それが私の気持ちだが、どうする?」


 リアは素直に巨人の申し出を受け入れた。


「お気持ちありがとうございます。お約束は承りました。必ず一度、闇の中であなたのお礼を必要とする時が来ると思います。

 僕の名はリア・クレメンスです。契約は、あなたのお名前を教えて頂くだけで行えます」


 巨人は一言答えた。


「私の名はスノー」


 するとその瞬間、魔法陣の紫色の光が地の上を波紋のように一面に広がった。巨人はまぶしくて目を閉じたが、すぐに光は収まった。リアは凛とした声で誓言を唱えた。


「我リア・クレメンスは、汝スノーの召喚主となることを契約する。汝は我の喚ぶ時、魔法陣から現れることを誓約した。我、汝の加護者となることを誓う。


 これで終わりです。召喚士という仕事は、外せない形式的な挨拶が長いので、その話を聞かなくてはならない相手を退屈にさせて、いつも気の毒に思います。これで、スノーは人間から干渉されません。契約を交わした時、病気治癒の魔力も施されましたので、再び病になることはありません。なので先ほどの薬も飲む必要はありません。今まで光に我慢してくれてありがとうございました」


 リアはそう言うと、巨人に微笑みながらぺこりと頭を下げた。紫の魔法陣はその間にゆっくりと消えていった。リアは帽子の埃を軽く払うと、再びココア色の鹿に乗って、二羽の鳥たちと共に森を発った。そのうちしばらくすると、いつの間にかランタンをつけた時に感じた視線が一つ消えていた。後ろで巨人が森の奥に帰ったのを感じると、リアは鹿の上で思い切り伸びをし、気が抜けたように溜息を吐いた。


「あーぁ、ここにもいなかったなぁ。いかにも彼なら住み心地が良さそうな森だったんだけど。やっぱり“ゲーム”の中じゃなきゃダメか」


 そう一人ごちると、リアは懐にしまっていた十字架のネックレスを取り出した。それを少しの間、目の前にかざして眺めてみた。そのクロスには真ん中に白い石が嵌め込まれていて、石には三角形とその頂点に小振りの円が乗っているマークが印されていた。リアはそれを首にかけ、ケープの下に仕舞い込んだ。


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