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前編

シリーズ2作目。

 終わった世界。


 世界中を覆う規模の磁気嵐によって全ての電子機器がその役目を終え、それによって引き起こされた爆発と火山の噴火による噴煙で空にはぶ厚い雲が広がる。


 太陽はもう何年もその姿を人々に見せてはいない。

 地上は薄暗く、海は枯れ、砂と灰にまみれて風化した砂塵が吹き荒んでいた。


 そんな退廃した世界。


 文明が終わりを迎えて早15年。

 生き残った人々はただ怠惰に、自堕落に、絶望的に、諦めをもって、残りの人生を過ごそうとしていた。


 砂と灰に埋もれ、ただ崩れ行くのを待つ人々が這いずる世界。


 そんな中でも生まれる新たな命。

 それを人は新世代と呼んだ。


 灰になる運命を決定付けられた旧世代と、こんな過酷な環境に適応した新世代。

 2つの存在が共存する歴史の転換点。


 これは、この世界で生まれた少女と、こんな世界に適応してしまった男。

 そんな2人の物語。


 そして、このまま旧世代が絶滅するのか。

 それとも新世代とともに生きていくのか。

 あるいは旧世代によって新世代が滅ぼされるのか。


 それを決定付ける鍵を握っているのも、またこの2人。


 こんな腐りきった世界の片隅で、彼らが咲かす花は何色に育つのか。

 それを少しばかり覗いてみるとしよう。







「おい、朝だ。

起きろ」


「……んー?

もうー?」


 男が乱暴に声をかけると少女は体をころりと転がす。


「……寝る時も服を着ろと何度言ったら分かる」


 薄い布から現れた少女の体には何も身に付けられていなかった。

 すらりと伸びた細長い手足とわずかな双丘が主張してくる。


「起こして?」


「……可燃物は貴重なんだ。

あまり無駄な時間を使わせるな」


 男は小首をかしげる少女をまったく意に介さず、くるりと背を向けると簡易的なキッチンへと戻っていった。

 慣れた手付きでボロボロのフライパンを返す。

 焼いているのは何かの肉のようだ。


「ちぇっ」


 少女はつまらなそうに口を尖らせると、膝丈の赤いワンピースを頭からすっぽりと被った。


「良い匂ーい。

今日の朝ご飯は何かしら?」


 少女は鼻をくんくんとさせながら男の背中に貼り付き、顔だけを出してフライパンの中を覗いた。


「砂トカゲのソテーだ。

この前仕留めた大物の残りがまだあるからな。

あと4日はこれでいけるだろう」


 男は少女を邪魔そうに見るが、特段引き剥がしたりはせずに質問に答えた。


「やった!

私大好き!

砂トカゲはジャリジャリして美味しくなかったけど、あなたが作るのは美味しいから好き!」


「それはきちんと砂を吐き出させないからだ。

砂トカゲは臓器と血液に砂を多く含む。

きちんと血抜きをして、臓器を傷付けずに捌けば肉に砂は混ざらない」


 少女が喜んで後ろから男を抱きしめるが、男は何のリアクションも見せずに説明しながら調理を進める。


「もう出来上がる。

皿を用意しろ」


「はーい!」


 男に言われ、少女はとてとてと食器を取りに行く。






 ここは男の住処。


 かつては父と暮らしていた場所。


 砂と灰に埋もれた地上から逃れるために彼の父があらかじめ用意しておいた地下シェルター。

 なぜ父がこんなものを用意しておいたのかは男には分からないが、使えるのだからとありがたく使わせてもらっているようだ。


 当然、電子機器は存在しない。

 あるのは簡易的なベッドやクローゼット。

 釜戸のようなキッチン。

 あとは空気の出し入れを行う換気口ぐらい。


 昼は暑く夜は寒いこの世界では室内で過ごす者が多いが、それでも激しい気温差と乾燥で人々は過ごしにくい暮らしを送っている。

 この過酷な環境に適応した彼らでもそれは堪えるものだった。


 このシェルターにも当然冷暖房などなかったが、地下にあるというだけでだいぶ過ごしやすくなっていた。


 とはいえ、ここは風化した世界。


 壁は今にも崩れそうな土壁で、天井だけがレンガで固められていた。

 家具も壁も、時おりポロポロと崩れているのが見受けられる。


 ここも、いつまでも暮らしていけるわけではない。

 男はそれを承知しながらも、他に行くところもないためここに住み続けていた。







「おいしー!」


 少女は焼き上がった肉をじつに美味しそうに頬張る。

 少女はカットされた肉が3枚。

 男は同じものが2枚だった。


 新世代の子供は卓越した身体能力を支えるためにエネルギー摂取量が旧世代よりも多い。

 それを知っていた男は何も言わずに、少女には自分よりも多い量を与えていた。


「……おまえは毎回うまそうに食うな。

毎度同じメニューだって言うのに」


 少女がこの家に来てから男が出した食事は最初のシチューを除けば、ほぼすべてこの砂トカゲのソテーだった。

 あらゆる食材が貴重な今の世界においてそれは当たり前のことだが、前の豊富な時代を知っている分、男は飽き飽きしながら肉をつついていた。


「えー?

だっていつ食べても美味しいものは美味しいじゃん!

食べられるものがあるだけで最高に幸せ!」


「……そうか」


 少女の言葉は今の世界から目を背けようとする男には痛みさえ感じられた。


「……それに、誰かと食べるのは久しぶりだったから、それだけでもすっごく美味しいの」


「……そうか」


 少しだけ憂いを含んだその言葉に、男は同じ言葉を繰り返すだけだった。








「今日はどうするのー?

また砂トカゲでも仕留めるー?」


 汲み置きした水で食器を軽く洗いながら少女は尋ねる。

 この世界では水も貴重ではあったが、飲み水としては使えないが洗い物ぐらいになら使えるレベルの水ならわりと手に入りやすいため、汲み置きした水で食器を洗い流すぐらいなら毎日行えた。


「……そうだな。

その前に、おまえの家のことを聞きたい。

あと、母親のことも」


「あらなーにー?

私にそんな興味持ってきたのー?」


「いや、何か物資があるなら取りに行きたいし、情報さえ手に入りにくい時代だ。

得られるものがあるならと思ってな」


 少女は妖しげにワンピースの裾をまくるが、男は銃の整備をしていてまったく見ていなかった。


「……ちぇー」


 少女は頬を膨らませながら裾から手を離すと、男の隣にちょこんと座った。



「家にはなんもないよー。

けっこう風化しちゃってるし、毛布代わりにしてたボロ切れぐらい」


「……そうか」


 男は少女のこれまでの暮らしぶりを想像し、少しだけ眉間に皺を寄せた。


 旧世代に体を売り、あるいは脅して食糧を得るその日暮らし。

 母親がいつ灰になったか分からないが、少女はいったいいつからそんな生活を送っていたのか。


「あー、でも、ママはよく本を読んでたなー。

難しいことが書いてある資料とか」


「……!」


 少女が思い出したように呟くと、男の表情が変わる。

 男は心底驚いているようだった。


「ちょ、ちょっと待て!

本が……紙の資料が現存してるのか!?」


 すべての電子機器が壊れたこの世界では当然電子資料は消失。

 紙の資料もまた風化によってあっという間に消えていった。


 それがまだ存在しているという事実に男は驚きを隠せずにいた。


「うん。

あるよー。

なんか特殊な部屋に保管してるんだよねー。

うちのママ、世界に磁気嵐を起こした人の中の1人だからさー」


「……は?」


「でもなんかうまくいかなくて失敗しちゃって、結局世界がこんなふうになっちゃって。

チームも解散、てかみんな死んじゃったみたい」


「……」


「ホントは今の新世代の耐性と身体能力を自分たちだけのものにしたかったみたいなんだけど、それも失敗しちゃってなぜか次の世代にその形質が発現したーって言ってた。

あ、うちのママはその部門の偉い人だったらしいよー」


「……おまえ、その話を誰かにしたことあるか?」


 男は神妙な顔で尋ねる。

 いつの間にか銃の整備は終わっており、装弾した銃を男は手に持っていた。


「んーんー。

ママ以外の人とこうやって話すことないもん。

私を買う人も、することが終わればさっさとどっか行っちゃうから。

あ、報酬はきっちりもらってるから安心してね」


「……そうか」


 少女はニコニコと笑う。

 そこには嘘も何もない。


 少女にはまったく興味のない話。

 ゆえに虚言が介在しようもない。

 きっと、少女は本当のことを言っている。


 男は少女の姿からそう結論を出した。


「……そのことは俺以外のヤツには絶対に話すな、いいな」


「なんでー?」


「……下手したら恨みを買う。

こんな世界になったのはおまえのせいだと、おまえを殺しに来るヤツがいるかもしれない」


「えー!

それはやだなー!」


 少女はワンピースの裾を掴みながら体を左右に揺すって、イヤイヤとしていた。


「なら誰にも話すな。

分かったな?」


「はーい。

あ、ねーねー。

もし私が誰かに襲われたら助けてくれる?」


「……おまえに助けはいらないだろう。

自分で何とかしろ」


「ぶー!」


 少女は男のそっけない返答に口を尖らせた。

 男はそれを見もせずに立ち上がり上着を羽織った。

 銃をその内ポケットにしまう。


「……おまえの家に行くぞ。

その資料とやらがあるのなら確保しておきたい。

案内を頼む」


「はーい」


「ちゃんと資料を持って帰ってこれたら、今日の夕飯はシチューだ」


「やったー!」


 男の言葉に少女は飛び跳ねて椅子から降りる。

 

「じゃー!

案内してあげるね!

ついてきてー!」


 少女は自分の腕を男の腕に絡めると、楽しそうに家の入口に引っ張っていった。


「……歩きにくい。

離せ」


「やだー!」


 男は少女の強力な力に抗えず、そのまま引きずられるように家をあとにした。




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