イケメンなのに恋愛経験が一切ない男子高校生が恋愛漫画家を目指す!?
1、挨拶
「えー、莉子!昨日の『俺カミ』見てないのー!?」
「うーん…疲れてて9時には寝ちゃって…」
「ないわー!昨日の『俺カミ』はヤバかったよね、美咲!」
「それな!ヤバすぎてキュン死するかと思ったわ!うち録画したから貸してあげようか、莉子?」
1年4組の教室の左奥の一番後ろの席の周りで朝から女子高生4人が雑談をして盛り上がっている。莉子と呼ばれた子は自分の席なのか椅子に座り、ほかの3人は彼女を囲むように立っている。
すると突然「莉子!」と隣の席から声がした。
4人とも一斉に声の方を見る。
黒髪短髪で高身長、透明感があって端正な顔立ちの嗣永結良が莉子のことをまっすぐ見つめていた。
「おはよう!今日も相変わらず可愛いね」
莉子はびっくりして顔を赤らめた。周りの3人も一瞬びっくりした表情を浮かべたが、何かを察したのか「ごめん、邪魔しちゃ悪いからいくね」と莉子にいい、彼女のもとから去ろうとした。「いや、ちがうってばー。全然そんなんじゃないからー」と莉子は引き留めようとしたが、3人は「わかった。わかった」とにやけながらいい、教室から出て行った。
莉子は焦った顔で視線を結良に向けた。
「ちょっと!絶対私たちが付き合ってるって思ってるじゃん!」
結良は何かメモしながら、「すみません。彼氏が彼女に朝一でかわいいって言うシーンを描こうとしてるんですけど、彼女の反応が全くイメージできなかったので、山本さんで実験させていただきました」とつぶやいた。
「実験ってねえー。絶対に美咲たち勘違いしてるって」
莉子は少し呆れた表情を浮かべた。
「山本さんが強く否定すれば大丈夫じゃないですか?」
結良はノートのページをめくって、さらに何かをメモした。
「そんなんで信じてくれるわけないでしょ?!いきなり名前呼びで『可愛い』なんて言われたら!」
「てことは、彼氏っぽい言い方だったってことですか!?山本さんはどう感じました?ドキドキしました?」
結良はノートから視線をそらし、嬉しそうな表情を莉子に向けた。
「そりゃ、いきなり名前呼ばれてあんなこと言われたらびっくりはするよ。ドキドキもしたけど、でも恋愛のドキドキじゃなくて、びっくりのドキドキだと思うよ」
「そうなんですね、なるほど!」と言って、結良は再び視線をノートに戻し、莉子がいま言ったことをメモした。
「ともかく、友達がいないときなら協力してあげるけど、友達がいる時にはやめてよね!」
「わかりました!気をつけます」と言いながら結良はノートをカバンに戻した。
「今度は何の漫画描いてるわけ?」
莉子の問いに対して、結良はどう説明したらいいか言葉を探しているようだった。
「えーと、隣の席の男女が毎日いろいろな挨拶をしながら仲良くなって最後は付き合うラブコメです!」
「え?なにそれ・・・?挨拶だけで恋に落ちるってこと?」
莉子の困惑の表情に対して、結良は自分の説明不足で作品の面白さが伝わらなかったことに苛立ちを感じた。
「挨拶だけと言えば挨拶だけです!でも、ただ男女が『おはよう』って毎日言い合って恋に落ちるって話ではないです!主人公の男の子がもともとは隣の席の女の子が好きで、なんとか彼女の気を引きたくていろいろな挨拶を仕掛けるって感じです」
「たとえばー?」
莉子が少し興味を示したので、結良は嬉しくなりより一層説明に熱が入った。
「この男の子がある日宇宙人の被り物をして登校してくるんですよ!もちろん、クラスはざわつくじゃないですか。でも、彼は普段はまじめでおとなしい性格の学生なんでみんななにがあったか聞きづらくて。それで、意を決して隣の席の女の子が話しかけてみて…って展開です!」
莉子はその展開に惹かれたようで、「なにそれ!すごくおもしろそうじゃん」と返した。
「ありがとうございます!すごく自信作で、描き終わったら賞に応募してみようと思ってます!」
「えー!すごいじゃん、書籍になったら協力者ってことで私の名前載せてよ!」
莉子は笑いながら結良に言った。
「もちろんです!」と言いながら、結良はかばんにしまったノートを取り出した。
「あのー、実は他にもいくつか挨拶を考えてて…。できれば山本さんの意見を聞きたいんですけどいいですか?」
被り物と呼び捨て以外にどんな挨拶を考えたのか莉子は興味津々で、「いいよ」と結良に返した。
「えーと、まず1つ目は、被り物と同じ感じで直接的な挨拶ではなくて、相手の興味を引いて、相手から話しかけさせて挨拶に持っていくやつなんですけど…血まみれで登校するパターンです!」
結良は自信満々に発表した。
「血はもちろんフェイクで、血糊かケチャップですけど、遠目から見たら本物そっくりなんで絶対にびっくりして話しかけると思うんですよね!そしたら、主人公が『来る途中にヤンキーに絡まれて、逆にボコボコにしてやたぜ』って言って、相手に強さをアピールする展開にしようかと思っています!」
「それから…」と結良は莉子の反応などお構いなしに次のアイデアを述べた。
「坊主で登校するパターンです!これも相手から『え!どうしたの?』って話しかけられるのをきっ かけにあいさつに持ち込むパターンで、坊主はリアルです!」
結良は『どうだ!すごいだろこのアイデアたちは!』と言わんばかりにドヤ顔で莉子の顔を見た。
「あのさ…この漫画はギャグマンガなの?」
莉子は困惑した様子で聞いた。
「んー、ジャンルはラブコメなんでギャグマンガにも分類されるとは思いますけど、ギャグ要素は弱めで、それよりもリアルでラブ要素が強い作品にしようと思っています」
結良のまっすぐな瞳に、莉子はたじろいだ。冗談で言っているようには思えなかった。
「あくまでも一意見として聞いてほしいんだけど」 と前置きして莉子は続けた。
「1、2回くらい変わった方法で登校したり、びっくりさせるような方法で挨拶するのは女の子側も楽しいと思うけど、毎朝それが続くと仲が深まるどころか…ひいちゃうかもしれない」
「ひいちゃうかもしれない」という言葉が結良の胸に突き刺さった。結良は机に頭をつっぷしたままショックで起き上がれなかった。莉子はそれを見て、「いやいやそんな気にしないで。ただの私の意見だし、ほかの人が聞いたら『それは確かに仲が深まって恋愛に発展するよ!』って感想持つかもしれないし」とあたふたしていた。
結良は頭を上げ、横目で莉子を見た。
「女子は…サプライズが好きなんじゃないんですか?」
「好きだけど、そもそもたまにやるからサプライズになるのであって、毎回やったらサプライズにならないよー!」
その言葉を聞いて結良の顔がパッと明るくなった。そして、何かを思いついたのかノートを取り出して書き始めた。
「やっぱり山下さんに聞いてよかったです!確かにサプライズの定義を失念していました!ただ、今の指摘のおかげで新しい展開が思いつきそうです!ありがとうございます!」
結良のその言葉を聞いて、莉子は安堵の表情を浮かべた。
「で、新しいアイデアって?」
「月に1回、いろんな被り物をして、奇抜な制服の着こなしをして、血だらけで登校して、呼び捨てで『可愛いね』っていうパターンです!」
結良は自身の渾身のアイデアを今日イチのドヤ顔で披露した。
「…もうギャグマンガってことにしなよ…」と莉子は半笑いで返すので精いっぱいだった。