小人さんと悪役王子 ~ふたつめ~
『.....ぅがっ!! .....はあっ』
今日も今日とて働くレナード。
切り倒した木の根元を掘り起こし、彼は太い根を切断して切り株を地面から引っこ抜いた。
そしてソレを何人かで小さなお家近くに運んで、薪にする。
蜜蜂だけでも厄介なのに、そこへ精霊まで見張りに加わったのだ。怠けることも出来ない。
樹蜜の収穫や森の恵みの採集。中には毒草や毒キノコなど危険な物もあるが、そういったのは蜜蜂が教えてくれる。
荷車を運び、薪を集めたり割ったり。畑の世話から家の修繕。やるべきことは幾らでもあった。
『こんな…… まるで平民の暮らしではないか。そなたは王族なのだろう? 今は神でもあるのに、なぜ、このような暮らしを?』
疑問符全開なレナードを見て、千尋は軽く眼を見張る。そんな所帯染みた質問がくるとは思わなかったからだ。中央区域の王族が庶民の暮らしを知るなどと、想像もしなかった小人さん。
『自分の暮らしを自分で賄うのは当たり前っしょ? 自立してもおんぶに抱っこで暮す方が可笑しいのよ?』
……おんぶに抱っこ?
本気で意味が分からなさげなレナードを見上げ、千尋は淡々と説明する。
王宮に集まる金子は民の血税だ。汗水垂らして稼いでくれた大切なお金だ。それぞれの国がより良くなるよう遣わないと申し訳ないお金だと。
『中央区域の王室は、収められた税を好き勝手に遣う。まあ、それもありっちゃあ、ありだけどね? それって他人の金に集る寄生虫と同じじゃない?』
にまっと挑戦的な笑みを向けられ、レナードは頭に落雷を食らった気分だった。
彼は真っ当な王族だ。自身に割り振られた公費を自分のために遣う。それが普通で、その金子の出所が税だという自覚もない。
王宮に集められた税金は王宮のモノ。それを使って王宮が回り、貴族らに俸禄を支払う。当たり前過ぎて疑問を抱いたこともない。
……けど。
レナードは己の手を見た。
薄汚れ、爪も割れ、ギシギシに表面が掠れた両手。これが働く手だと少女は言う。
『あんたさんが今やっていることを民らが代わりにしてくれてるの。王族のために働いて金子を収めてくれるの。あんた達は、民におんぶや抱っこされて暮らしてるんだよ。分かる?』
にししっと笑う少女の辛辣な言葉。
それを理解するのに数秒かかり、思わずレナードの顔面が硬直した。
彼女のいうとおりだ。私は…… 何をしている? 何もせずに贅沢を享受し、日々安穏と暮らしていた。
何かが起きてもそれを何とかするのは臣下の仕事。王は命令するだけで良い。命令を遂行出来ねば、それは任せられた臣下の不手際。王の役にもたてない臣下が無能とされる。
これを理不尽とは思わなかった。当然だと…… ……あああ、なんて愚かなんだ、私はっ!!
働いてみなくば分からない。人間にはやれることとやれないことがある。こうして長々とこき使われ、ようやくソレをレナードは実感した。
命令どおりに出来ない者らを叱責し、無能と罵る王侯貴族。中には酷い体罰を加える者いる。それがレナードの当たり前だった。
なのに、同じ立場になった彼が失敗しても蜜蜂は怒らない。後片付けを手伝ってさえくれる。この優しさを肌で感じ、レナードの概念は崩された。
疲労困憊になって、ようやく得られる食事。この食事を食べるためにレナードは働いているのだ。間食もなく、お茶の時間もなく、空腹で胃が痛くなるほどの餓えを彼は初めて知った。
温かな食事の湯気が目に染み、労うように回される果実水に心から感謝する。そんな単純な日々は、確実にレナードの胸の奥底を揺らした。
しばらくして身代金が支払われたらしく、少女に促されて集まった王族達は身体を洗浄され、各国行の蜜蜂馬車に乗せられる。
独房入りしていた者らも疲労困憊。精神的に叩きのめされたようで、ようやく訪れた解放に涙していた。
それを見送るようにやってきた蜜蜂が、レナードの頬を優しく突っつく。ふにふにと突く細い足を撫でる彼の視界が、微かな涙で歪んだ。
『ありがとう。元気で』
短い別れを交わし飛び立った馬車を、蜜蜂は見えなくなるまで見送った。
「これほどとはな………」
レナードは王宮の状況を調べさせて言葉を失う。
あまりに酷い。杜撰も裸足で逃げ出すなおざりさ。帳簿一つにしてもまともな記帳がされておらず、彼はどこから手をつけたものかと頭を抱える。
遊興費、金貨一袋。夜会費用、金貨八十袋。このように金額の表記すら曖昧すぎる。
その一袋は金貨何枚なんだっ! ああっ?!
一応、世間一般では金貨一袋は五十枚だ。しかし、レナードが見た限り、王宮が使用している革袋は世に流通している物より大きい。差額が誰かの懐に入っているだろうことは明白。
会計が会計としてなされていない。さらには、中抜きも頻繁で、正しい数字を識る者すらいなかった。
あり得ない愚昧さに見えるが、実は近代近いアラブでも似たような事象は起きていたりする。油田で潤沢な資金を持つアラブ諸国の王族は金勘定をせず、多い分にはかまうまいと適当に支払っていた。
これは何もアラブに限ったことではない。他の国でも部品製造を行うある会社が、決められた数量+不良品が出た場合の保険として一握りの部品を足して納品していた。多い分には問題ないという法則は、案外どこにでも転がっている。
ちなみにこれには後日談があり、この会社から部品を購入していた日本企業が、納品される部品が多すぎると指摘した。
不良品が出た場合の保険だと説明したらしいが、それでは困る。不良品が出ないよう注意し、出ても一割以下でという正確さを相手に求めた。
それらを遵守した上で正しい数を納品するよう言われ、逆に驚いた相手側。
『沢山あるなら、それで構わないじゃないかっ! 日本人は頭が可怪しいっ!』
……と、相手の会社の担当が叫んだとか何とか。
………御国変わればである。
「これじゃ駄目だ。正確な数字が分からない…… 会計をかえるか? いや…… うぅぅ」
民の血税を一銅貨たりとも無駄にするなと少女は言った。おんぶに抱っこを卒業したいなら民のために働けと。何のための権力だ。有効活用してこその権力だろうがと。
食事の度に知らしめられる己の不甲斐なさ。
他の王族達も同じだ。しれっと無視する者もいたが、羞恥に顔を赤らめる者もいた。
『我が儘がどうしたってのよ。王宮のしきたり? クソ喰らえだわ。民があってこその国でしょうが。民が納める税がなくなって生きていけるの? アンタらが?』
にいぃぃ〜と不均等に口角を歪める小人さん。
『……でも、そんな偽善じみたこと…… 真に良くなるとは思えないのに。私一人で何が出来ますか? 周りに嘲笑われて終わりでしょう?』
レナードは市井を知っている。王都のみだが、あまり裕福でないヘンネッセン王国は、平民に仕事の外注を頼んでいたからだ。
余るほどの貴族を養えない旧体制の悲しさである。
その都度、命令を下していたにすぎないが、それでも街の様子は観察した。
あくせく働く人々を、何の感慨もなく眺めていたレナード。あの労働が、労働という意識すら希薄だった過去の彼。
『偽善上等じゃない。やらない善より、やる偽善にょ? 偽善だって、死ぬまで貫き通せれば本物じゃん? 違う?』
…………………
眼の前に蟠っていた深い霧が一気に晴れ渡り、レナードは微かな光明が見えた気がした。
『欺瞞の我が儘で良いじゃないのよ。それが正しかったのか、間違っていたのかなんて今は分からないことにょ。後の歴史家が勝手に判断してくれるから、少なくとも今は自分に正直に。やること、やりたいこと、やれること。一杯あるでしょ? 良かれと思い、明らかに悪いことでないなら、本能で突き進むがよろし♪』
毎回、食事の度に交わされた議論。
それを脳裏に描いて、レナードはやれることから手をつけた。




