大きな森の小熊親父
カクヨムの感想から思いつきました。うん。これが良い♪
『俺の願い?』
ここは天上界。呆然とするドラゴに、神々は頷いた。そしてこれまでの説明をする。
千尋が神々のために喚ばれた魂であること。本人の希望で再びドラゴの娘となったが、複雑怪奇な色々が起こり、またもや世界と神々を救ってもらったこと。
大まかな経緯は知っていたドラゴだが、あらため聞いた詳しい話の凄絶さに言葉を失う。
《そなたは、よく千尋を支え育ててくれた。なので、褒美を。そなたの望む来世を与えよう》
神々に助力した魂には幸せな来世が約束されている。悲惨な嘆きを経験させたからこその神々の贖罪。
ドラゴはファティマとの別れを思い出して胸がひきつれた。
《あれは必要な別離であった。すまぬな》
切なげに眼をすがめ、カオスはドラゴの頭を撫でる。そんなカオスを見上げ、ドラゴは真摯な眼差しで問いかけた。
『チィヒーロは? 永遠を得たという俺の娘は、どうなったんだ?』
《フロンティアで元気にしておるよ? クイーンの森でモノノケ達と賑やかな一人暮らしを》
『.....一人暮らし?』
軽く俯いて、ドラゴは思案する。その眼に浮かぶ獰猛な光。その光は、以前千尋を娘とした時に、子供を捨てた親へ憎悪を募らせた時の瞳とよく似ていた。
『.....させるか』
《ん?》
ぽとりと重くまろびたドラゴの呟き。
『チィヒーロの傍にっ、あ..... どうすれば? えーっと.....』
悲壮な面持ちで頭を上げたドラゴは、珍妙な顔で眉を寄せ、真剣に悩んだ。
千尋の傍にいるにはどうしたら良いのか。新たに生まれ変わるなら赤ん坊だ。それでは千尋の力になれない。
しかも輪廻の魂は、浄化されて記憶を失うという。八方塞がりだ。何の役にもたてはしない。
うむむむっっと顔をしかめるドラゴを見下ろし、その思惑を察した双神は悪戯げに微笑んだ。
《.....本来なら許されぬことだが。魔物の身体を構築して生まれ変わらせてやろうか?》
『魔物?』
アビスは小さく頷く。
人の理に合わせるならば、ドラゴは魂を浄化して新たな命に生まれ変わるが、魔物ならその内ではない。
突然変異する魔物の一体にドラゴの魂を憑依させることは可能だ。それならば魂を浄化する必要もなく、記憶を持たせたままクイーンの森に送る事が出来る。
《魔物ならば御先の僕にもなれよう。上手く僕になれれば、そなたも永遠を得られる。アルカディアという世界が終わるまで千尋と共に暮らせるぞ?》
《ただし、一つだけ約束せよ。僕である御遣いになるまで、正体を明かすことは許されない。それでも良いか?》
高次の者達が封じられたとはいえ、神々の理は健在だ。今ある生を歪めることは出来ない。
神々に連ならねば、ドラゴの魂は人の理から除外されないのだ。
かつて小人さんの魂が、天上界で高次の者達の祝福によって神々の序列に加わり、浄化を免れたように。
《まずは神々の序列に加わること。それが先決である》
《そうすれば、そなたの魂は人の理から解放される。千尋に父なのだと明かしてもかまわぬよ》
ぱあっと顔を煌めかせ、ドラゴはブンブンっと首を振った。
『それで良いっ! 魔物でかまわないから、俺をチィヒーロの傍に送ってくれっ!! ずっと見守ってやりたいんだっ!!』
ふんすっと鼻息を荒らげる熊親父。そのキラキラと輝く瞳に双神も苦笑い。
《そなたらは、まったく.....》
ら?
何かを含むカオスの呟きを拾い、疑問符全開なドラゴを余所に、双神は下界を見つめる。
《魔物に変異しそうなのは..... 何匹かいるな。好みのを選ぶが良い》
カオスの広げた水鏡に映るのは、可愛い系から獰猛系の色々な動物達。
それをじっと眺め、ドラゴの視線がある一匹に吸い寄せられる。
『これっ! こいつにしてくれっ!!』
ドラゴの指差す動物を見て、双神は顔を見合わせて満面の笑みを浮かべた。
《《承知》》
こうしてドラゴは魔物となり、新たにアルカディアへと転生を果たしたのである。
「アンタ、誰?」
朝早く、御飯前に畑の水撒きをしようとした小人さんは、その畑で人参を噛る生き物に遭遇した。
それは中型犬ほどの大きさの小熊。濃い茶色の熊は、ポリポリと人参を貪っている。
『いや、そのなっ、腹が減ってな? すまんっ!』
小熊に憑依してクイーンの森に送られたドラゴは、千尋が起きてくるまで家の前に座っていたのだが、どうやらこの小熊、長く空腹だったらしい。
ぎゅるるるる~っと煩い腹の虫に負け、ドラゴは家の横にあった畑へふらふらと誘われたのだ。
あわあわする小熊に呆れ、千尋はクスクス笑いながらその頭を撫でた。
「ええんよ、べつに。お腹空いてんねやろ? 何か作ってあげようか?」
ぽふぽふと頭を撫でられ、小熊の眼に浮かぶ涙。
ああ、懐かしい..... 昔もよく、こうして撫でてもらったものだ。
『チィヒーロ.....』
「泣けるほど御飯に飢えてたんか。待ってな、すぐ御飯作ろう」
『てっ、手伝うぞぅ!』
家の扉を開けて手招きする小人さんを追って、小熊は二足歩行でとてとてついていく。
ぐらぐら揺らぎつつ歩く小熊を不思議そうに見つめる千尋。
「器用やね、アンタ。四足のが楽やないん?」
ドラゴは、ついつい二本足で歩いていたことに気付き、はっと冷や汗を流しながら四足になる。
「変な子やなあ」
きゃっきゃと料理の支度をする千尋の背中をドラゴは感無量の面持ちで見つめた。
ああ、本当にまたお前と暮らせるんだな。創世神様、感謝します。
うるうるお目眼の小熊親父。
こうして誰も知らないところで、再びジョルジェ親子の暮らしが始まった。
《息災にな》
魔物となる予定だった小熊の魂を抱きながら、カオスとアビスはドラゴにエールを送る。
《そうだ、今回の礼に、そなたにも良い来世を贈ろう。望みはあるか?》
はふはふと舌を出す小熊。
『ごはんっ!』
ドラゴと入れ替わる直前まで餓死寸前だった小熊は、すんすんっと甘えたように鼻を鳴らした。その凄まじい飢えが、小熊を魔物に変異させようとしていたのだ。
小熊の一言に、言い知れぬ切なさを感じる二人。
《そうか。ではまず御飯だな》
世の中に哀しみは尽きない。
その涙が乾くことを切実に祈る双神だった。