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小人さんと悪役王子 ~ひとつめ~

 お久しぶりの美袋です。いつもの病気発症。御笑覧くださいww


「……私は。どうしたら?」


 深く項垂れて窓辺の手摺に手をかける青年。


 彼は、ヘンネッセン王国の王子。名前をレナードという。

 数年前。ふとしたことから中央区域が同盟し、フロンティアへと攻め入った。その理由は白の信仰。どこからともなくやってきた白い人々に唆され、中央区域の国々は同盟し、フロンティアを悪魔の国だと断罪に赴いたのである。

 しかし彼の国は魔法で名高い強い国。当然、正攻法では立ち向かえない。そのため、前々から会談を望まれていたヘンネッセンがそれに応じる形を取り、奸計にて現フロンティア国王、千歳・フォン・フロンティアを囚えた。


 結果は惨憺たる有り様になったが、真の恐怖は後にやってくる。

 

 彼の国から一番近い中央区域の国ヘンネッセン王国と親交を持とうと、フロンティアは常に真摯な対応をしてきてくれた。

 飢餓に喘げば食糧支援を。災害に見舞われれば復興支援を。特に民に対する支援が厚く、長い年月のなか、フロンティアの善意を当たり前と考えていたヘンネッセン。


 今回の事態で、それら全てを失ったのだ。今の我が国には飢えが蔓延り、あらゆる所が停滞し、国として瓦解しかけていた。どれだけ隣国に助けられていたのかと今になって沁み々理解するレナード。

 

 ……当たり前ではなかったのに。なんと優遇されていたことか。それに思い当たらなかった我が国の愚鈍さが呪わしい。


 フロンティアと事を構えた中央区域を辺境国が許すはずない。彼等は国際連盟の水鏡で、中央区域に制裁措置を宣言した。


『……この先、何が起ころうとも我々辺境国の支援を当てにするな。一切の交易や入国も禁ずる』


 これを最初は軽んじていた中央区域の国々。


 どの国も、蛮族の集まりな辺境の手など要らぬと、嘯いていた。……いや、自覚がなかっただけかもしれない。

 なぜなら実際に交易などをしていたのは臣下だからだ。その臣下もさらに下へと丸投げするだけで、直接辺境国との交易にかかわっていたのは平民である。

 ちなみに、その平民らは交易を拒絶されて顔面蒼白となり、王宮に直訴してきたらしいが、レナードの元に報せはなかった。

 

 自分達が辺境国の慈悲で生かされていたのだという自覚のない愚かな選民達。その自覚をスパルタで植え付けられたレナードは、あの苛烈な御仁の棲む森へと続くだろう大空を、無意識に振り仰いだ。


 そう、今なら分かる。あれは世の成り立ちの縮図だったのだ。




『なぜに私が働かねばならないっ?!』


 ぜひぜひ息を荒らげて悪態をついたレナードと、それに同意するよう小さく頷く中央区域の若い王族達。森に連れ込まれた彼等の眼の前には多くの蜜蜂がたむろい、せっせと何かをやっていた。

 木々に取り付けられた道具には蜜が滴り、溜まり、それを蜜蜂達は器用に操って中身を蜜蝋の器に移している。


 ……あれは。樹蜜?


 フロンティアでも稀少とされる甘味。独特な芳香とクセのある甘さが特徴的な樹蜜は、どこの国でも生産出来ない至宝と呼ばれていた。

 ようはメープルシロップなのだが、レナード達は知らない。

 多くの樹木を必要とする樹蜜を得るには森を訪のい、専門の道具を設置しないといけないが、その森には数多の獣や魔物が巣食っている。通常の人間に設置は不可能。

 塩梅良く設置出来たとしても、樹蜜が溜まるには時間がかかるし、甘味を好む魔物達に荒らされ、とても収穫まで至らない。

 過去にフロンティアの貴族や商人が散々連敗してきたことだ。これを成せるのは、蜜蜂らに番を頼める小人さんだけ。


 フロンティアでも滅多にお目にかかれない甘味を目にし、中央区域の若い王族達は息を呑む。


 初めて見た樹蜜の収穫風景。それが、このように魔物主導で行われているのだと理解し、レナード達は頭を混乱させた。


 そんな彼らを余所に、一匹の蜜蜂がふよふよとレナードの前に飛んでくる。

 そして、ほれほれとでも言うかのように差出された蜜蝋の器。両手で持たねばならない、人間の頭サイズな器を受け取り、どうしたものかと狼狽えたレナードを蜜蜂が誘導した。

 そこは道具の設置された樹木の前。器用な両足で取手を捻る蜜蜂を呆然と眺めていたレナードは、細い口から滴る蜜を慌てて受け止める。

 

 ……ああ、そのための器か。


 波々と注がれた蜜に喉を鳴らし、これをどうするのかと目で尋ねる青年。

 目は口ほどに物を言う。

 蜜蜂もまた視線で彼に応え、ふよふよと別な場所に飛んでいった。

 沢山の器が並ぶ場所。そこに置かれた器に蓋をし、別な蜜蜂が同じく蜜蝋で接着している。

 表面張力が張るほど波々と樹蜜の満たされた器は、蓋をする時にいくらかの蜜を溢れさせた。それを気にもせず、次々と密封させていく蜜蜂達。

 一面に滴った樹蜜に、もったいないと目を見張るレナードだが、これも必要経費。

 密封状態を作るには、どうしても零れる余分が出る。しかしそれも地面に染み込んで大地の滋養となり、新たな樹蜜を生み出す糧となるのだが、そんなことを知らないレナード達には、ただの無駄に見えたのだろう。

 その蜜蜂は空いた器を仲間へと運び、樹蜜を収穫しては蓋をする仲間のところへ持って行く。その合間にチラチラと中央区域の若い王族らを振り返った。


『……手伝えということか? …………』


 彼は、蜜蜂達が収穫のやり方を教えているのだと気づき、空いた器を手にして取手を捻る。そして溢れない程度で止めたところ、傍を通った蜜蜂に、てしてしっと手を叩かれた。


『……っ! 何をする? 零しては無駄になるでないか』


 もふーっ! っと体毛を膨らませて、道具の取手を捻る蜜蜂。慌てて器を差し出したレナードの手が、溢れた樹蜜で汚れる。


 あああ! またっ!


 この器一つで金貨百枚はくだらない代物。フロンティアにしか流通しないソレだ。中央区域に届くころには、中間マージン込みとんでもない金額だったのをレナードは覚えている。

 なのに平然と零しまくる蜜蜂達。


 信じられない面持ちのまま、蜜蜂に働けと急かされ、レナードは黙々収穫を続けた。


 無意識に蜜蜂と働くレナードを見て、おずおず手伝う者もいれば、全く動かない者もいる若い王族達。その明暗は夕方白日となる。




『なぜに食事を出さぬかっ!』


 憤慨も顕に目を剥く少年。その周りにも何人かの王族が困惑げに立っていたが、それをしれっと一瞥し、小人さんは急ごしらえな木製テーブルに夕食を並べた。

 鼻腔を擽る香ばしい匂い。その温かそうな湯気すらご馳走に見え、レナードの眼が微かに潤む。

 空腹で堪らなかったからだ。こんなに動いたのも初めてな彼の身体は、栄養とカロリーを欲し、盛大な腹の虫を奏でていた。


 他の者達も同様である。

 

『最初に言ったっしょ? 働かざる者食うべからずだって。人間の言葉を理解出来ないのかなぁ?』


 そう。地団駄を踏んで叫ぶ少年は、昼に働かなかった王族の一人だった。しっかり監視していた蜜蜂によって分けられた彼等は、当然、食事をもらえない。


『我々は王族だぞっ? お前ら平民は、傅き敬うべきだろうっ?!』


 ……あ。と、隠者の存在を識る者達の顔が強ばり、ざーっと血を引かせ色を失った。

 この少年はまだ知らないのだろうか。見たところ十三か十四の年頃だが、はるか昔から言い伝えられているアルカディアの伝承を。


 森に棲むは小さな少女。それは神の眷属となられた尊き御方。世界を救い、魔物を統べる彼の御方を、フロンティアでは森の隠者様と呼んでいる。

 神々との戦いに身を投じ、あらゆる困難を退け、見事勝利した小人さん。彼女は王族であり、死後に現人神として顕現した。


 辺境国の全ての王が従い、傾倒する森の隠者様。


 この少女がそうなのだろうという漠然とした確信を年長な王族達は抱いている。だから、叱責の果てに働かされても唯々諾々と応えたのだ。

 だが、若い王族らの中でも年少な部類に入りそうな少年は知らないらしい。

 怒りも露わな年相応の顔を凝視し、小人さんはひらりと指を宙にひらめかせる。途端に出てきたのは皆様御存知、精霊たち。


 ぼぼんっと現れた異形を目にして、中央区域の王族らは固まった。

 以前と比べて大きく育った精霊は、身の丈二メートル近くある。愛くるしい顔はそのままだが、その巨大な体躯から醸される覇気が、周りに計り知れない恐怖を与えた。

 コロンなど呼吸する息吹が焔である。しゅうしゅう音をたてて、舌先から立ち上る陽炎。非常に分かりやすい恐怖対象だった。

 ずずんっと立ち塞がり仁王立ちするポックルを絶望的な顔で見上げる少年。その襟首を掴み、巨大なノームは小人さんを振り返る。


『メルダに預けてきて』


 こくんっと頷き、ポックルは泣き叫ぶ少年を運んでいった。それを、あ〜あ、といった面持ちで見送る蜜蜂ら。

 首を傾げた可愛らしい蜜蜂に、ねー? と同意を求められた気がして、レナードは軽く瞠目する。


.....いや、そんな顔をされても。


 鉄面皮なはずの昆虫顔。そこに浮かぶ心情を、なぜか察する自分。わけも分からず狼狽えながら、レナードは美味しい食事に涙した。


『.....美味い。はあ.....、こんな美味な食事は初めてかもしれん』


『動いた後の御飯は格別さあ。たんとおあがりなさい』


 にぱーっと笑う小人さんに頷き、レナードや他の者らもおかわりをする。

 

 こうして、働かざる者食うべからずと、仕事しないなら独房入りを徹底された中央区域の王族は、悪態をつきつつ身を粉にして働いた。


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