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実験的な十四の短編  作者: フルビルタス太郎
第四章 読者参加型の実験的な小説
9/14

本を鏡に写して読む(はずだった)小説

 本来は、鏡文字の様に左右反転させた小説を読者に鏡を使って読ませるコンセプトの小説でしたが、ウェブ小説では無理なので、前書きにコンセプトを掲載いたしました。


 六月の初め。その日は、朝から最高気温二八度の猛暑日だった。

「ん、いい感じ」

 朝、七時。リョウは、冷房の効いたキッチンで年代物の白い小皿に乗せた味噌汁を啜って味を確認するとそう呟いた。

「父さーん。ご飯できたよー」

 リョウは、傍に置いた椀に味噌汁をよそいながら廊下の方に向かって大きく声を張り上げた。

 しばらくすると廊下の方からリョウの父親であるシゲルがドタドタと、慌ただしい足音を立てながらダイニングに入ってきた。

「おおい、リョウ。俺の靴下、知らないか?」

 スーツ姿のシゲルは、ネクタイをいじりながらそう言った。

「タンスの中になかったら、そこの洗濯物の山ん中。昨日も言ったろ?」

 リョウは、ダイニングの隅に置かれた洗濯物の山を指差しながらそう言った。

「ハハ、すまん、すまん」

「ったく……。はい、朝食できてるからさ、はやく食べちゃって」

 リョウは、朝食をテーブルの上に置きながらそう言った。

「はいはい」

 シゲルは、民芸調の椅子を引いて腰を下ろすと、テーブルの隅に置かれた新聞を広げ、朝食を食べ始めた。

「新聞見ながら食べるの、行儀悪いよ?」

 リョウは、椅子に座りながらそう言った。

「ん、ああ、それは、わかってるんだがな……。中々、やめられなくてな」

 シゲルは、市内にある店頭に飾るディスプレー用品を扱う会社に勤めていた。部署は営業で、役職は係長だった。

「ふーん」

「ああ、そうだ。リョウ、今夜、お前に合わせたい人がいるんだ」

「この前話してた再婚相手の人?」

 リョウの母である咲は、五年前に病気で亡くなっていた。それからは、シゲルと二人暮らしで、家事はリョウが担当していた。

「ああ。向こうも娘さんを連れてくるそうだ」

「え、娘?」

 リョウは、驚いた。シゲルからそのような話は、今まで一度も聞いた事はなかった。

「言ってなかったか?」

「うん。言ってないね。初めて聞いた」

「ハハ、いや、すまんな。ああ、それでな、あけみさんには、テルミ……さんっていう娘さんがいてな。年齢は、たしか、二四、五で、職業は、警察官だそうだ」

 警察官という言葉に一瞬、ドキリ、とする。脳裏には、昨日出会った女性警察官の顔がおぼろげに浮かんだ。

「どうした?」

「ん、いや……。な、なんでもないよ」

 リョウは、歯切れ悪くそう言った。

「そうか?まあ、いきなり、兄弟が出来るわけだからな。戸惑うのも無理はないか……」

 シゲルは、一人で納得した様にうんうんと頷いた。勝手に納得するのが、シゲルのクセだった。「まあ、正義感あふれる優しいお嬢さんらしいからな。仲良くしてやってくれ。じゃあ、俺は、もう行くからな」シゲルは、立ち上がると新聞を折りたたんでダイニングから出て、書斎に荷物を取りにいった。

 バタンと、ドアが閉まるとリョウは、「ああ、びっくりした」とため息混じりに言った。

「連れ子がいる上に、警察官だなんて、聞いてないっての。ああ、どうしよう、昨日の警官と知り合いだって言ったら……」

 リョウは、そう言うとため息をついた。「……でも、年上で優しい、かぁ……」

 リョウの頭の中に漫画やゲームの中に出てきそうな優しい姉キャラの姿と日常で起こるエッチなハプニングの数々が思い浮かんだ。「あんな事や、こんな事も……。へへ、」にやけながらそう呟くと同時に「おーい、リョウ。なに、にやけてんだ?」とシゲルの声が聞こえ、リョウは、体をビクッと震わせた。

「な、なんでもないよ。いってらっしゃい」

 リョウは、ひきつった笑みを浮かべながらそう言うとシゲルを玄関まで見送った。その後、朝食を食べ終えると、リョウは、片付けを済ませてから学校へと向かっていった。

 リョウの通う清鳳学園高等学校は、靜岡鉄道音羽駅から徒歩五分ほどの距離にある。リョウは、自宅のある南区仲原から学校のある中区までバスと電車で通っていた。

「あっちぃ……」

 家から近くのバス停まで向かう道には日当たりが良好だが、日陰が少なく、この季節は行き来するだけで汗だくになってしまうほどだった。

 ハンドタオルは、滲む汗を拭っている内にいつのまにか汗でぐっしょりと濡れていた。

「うわ、びっしょ、びしょ……」

 絞ると、汗がダバダバッと滴り落ち、地面を濡らした。「これじゃ、もう、使えないな」リョウは、そう言うと鞄からチャック付きのポリ袋を取り出して、ハンドタオルをその中に入れた。「もっと、デカイの持ってくれば……。いや、かさばるか」リョウは、そう呟きながら新しいハンドタオルを鞄から取り出してポケットに突っ込むと、バス停に向かって歩いていった。

 自宅から一番近いバス停は、南幹線沿いにある結婚式場前にある仲原町バス停だった。

 バス停に着くと、すでにサラリーマンや女子高生が、歩行者の妨げにならないように並んで、バスを待っていた。リョウは、女子高生の後ろに並んだ。彼女は、前に並ぶ友人と思しき女子高生と楽しげに会話をしていた。

「ねえ、知ってた?昨日、怪盗ルーベンが現れたらしいよ」

 怪盗ルーベンとは、最近、市内に出没するようになった正体不明のパフォーマーのことだった。

「田仲屋の辺りでしょ?知ってる」

「動画が、SNSにアップされてたから見たけどさ、やっぱ、カッコいいよねぇ」

「うんうん。わかるわかる」

 女子高生二人の会話に聞き耳を立てながらリョウは、気づかれないように嬉しそうに笑った。

(へへ、カッコいいかぁ……。なんだか、嬉しいな)

 怪盗ルーベンの正体は、リョウだった。彼は、ゴールデンウィーク中に手に入れた人智を超えた力を使い、夜な夜な街を駆け回っていた。

「あー、きっと、本人もミステリアスでカッコいい紳士なんだろうなぁ……」

 リョウの前にいる女子高生が光悦の表情でそう言うと、前にいたもう一人が「いや、なんかさ、イキリ散らしたガキんちょらしいよ」

「えっ、うそッ⁉︎」

「ほんと。彼氏のダチがさ、街で見たらしいんだけどさ、ガラの悪い連中をわざと挑発した上で、ボッコボコにしてたんだって」

「うわー、幻滅だわ」

「あとさ、SNSに上がってた話だと、正義の味方って名乗ってるらしいよ?」

「あー、私、そういうの無理だわ」

「あたしも」

 女子高生達はそう言うとケラケラと笑った。

(なんだよ。幻滅させて、どうも、悪うござんしたね)

 リョウは、心の中でそう毒づくと、バレないように小さく舌を出した。(まぁ、でも、たしかに最近、少し調子に乗りすぎたかな……。それに、義理の姉になる人が警察官ってのもあるし……。仕方がない、目立つことはしばらく控えることにしよう)そう考えているとバスが来た。

 リョウは、バスに乗ると窓際の席に座った。そこが、彼の定位置だった。

『じゃ、出発します』

 運転手の掠れた声が聞こえて、バスはゆっくりと出発した。

 クーラーの効いた車内から窓の外を眺める。暑い中、学生が自転車をこいでいるのが見えた。車内に目を向けると、テレビの中では、昨年の総選挙で与党に返り咲いた日民党の重鎮であり、元首相の宇部晋之助が前政権の政策について持論を展開していた。

『……ですから、我が国がこうなったのは、前政権による失策と国民に対する対話の不足が、原因だと思うわけです。特に先進分野においては……』

(よく言うよ。それは、あんたらも同じだろ?)

 リョウは、テレビを見ながらそう思った。

 先の総選挙で大勝したとはいえ、一〇年前に起きた一連の政治と金問題に端を発した日民党に対する不信感は未だに根強く残っていた。

『宇部先生は、超平和主義を掲げていらっしゃいますが、新宮首相の掲げる積極的対立主義についてはどうお考えですか?』

『そうですね。今までにない強いメッセージを打ち出した、という点は評価できます。しかし、同盟国や周辺国との関係を重視するなら、強行路線は避けるべきでしょうね。そもそも、新宮内閣の政策について……』

(自分達が選んだ総理なのに。なんで、足を引っ張ることばかりしているんだろう……。やるのは、そういう事じゃないのにさ)

 リョウは、テレビを眺めながらため息をついた。テレビはローカルニュースに切り替わり、ぎょろりとした目が特徴的な男性アナウンサーの姿が映し出された。

『それでは、次のニュースです。今朝、未明、清岡市中区の路上で男性の変死体が発見されました』

 男性アナウンサーは、カメラを凝視しながら抑揚の少ない声でそう言った。画面が事件現場と思しき場所を映した映像に切り替わる。

「ここって、清岡駅の近くだ……」

 映し出されたのは、JR清岡駅近くの高架橋の辺りの風景だった。

『今日、午前五時頃、JR清岡駅近くの路上で男性が血を流して倒れていると通報がありました。警察が駆けつけると六十代の男性が複数箇所を鋭利な刃物で切られて殺害されているのが発見されました。被害者の男性は身元が分かるものを所持しておらず、警察では被害者の身元を調べると共に殺人事件として捜査を開始しました。市内では、先々週から同様の事件が数件、起きており警察では、同一犯による連続殺人事件も視野に入れて捜査をしています。次のニュースです……』

「あの辺りで殺人なんて、物騒になったな……」

 リョウは、そう呟いた。


 バスは清岡駅を通り過ぎて市中心部をまっすぐ進んでいった。

『次は、新清岡、新清岡……』

 アナウンスが流れる。リョウは、降車ボタンを押した。ピンポンという短調な電子音が車内に流れ、バスはそのまま新清岡駅のターミナルビルであるオマッチに向けて向かっていった。

 オマッチは、市内中心部にある複合商業施設で、新清岡駅のターミナルビルでもあった。リョウは、五階にある九重書店をよく利用していた。

(そういや、この辺りはまだ飛んでないな……)

 バスから降りるとリョウは、新清岡オマッチやその向かいにある伝馬町レジデンスという高層マンションを見ながらそう思った。

 異能力に目覚めて以来、林立するビル群を見るのが、リョウの日課になっていた。最初はフィールドと呼ばれる異能力者専用の空間の中を飛び回っていた。その爽快さの虜になったリョウは、やがてそれだけでは満足出来なくなり、現実でも飛び回るようになっていった。

 そして、注目される度に彼の承認欲求は高まり、大勢が集まる夜の繁華街で飛び回る事が多くなっていった。

(今度は、この辺りを飛んでみようかな。って、さっき、控えようって決めたばかりじゃないか……)

 リョウは、自分の信念の薄さに落胆しながら地下に降りていった。まだ、時間が早いのか、地下にある店は、殆どが閉まっていて、空いているのはパン屋とATMだけだった。

 改札を抜けるとちょうど、電車が入ってくるところだった。リョウは、他の乗客とともに電車に乗ると窓際の席に腰を下ろした。ドアが閉まり、アナウンスが流れて電車は、ゆっくりと動き出した。

 電車は、街中を清水方面に向かって進んでいった。リョウは、音羽町駅で降りた。

 駅舎とも呼べないような煉瓦造りの簡素な建物に備え付けられた改札を抜けて、踏切の前で待っていると後ろから「おはよ」という声がした。

 振り向くと同級生の佐渡都が立っていた。彼女は、黒髪のロングヘアで、まっすぐ切り揃えられた前髪と白い肌、整った顔立ちは、よく出来た市松人形のようだった。

 学年で女子が二人しかいないという極端な状況ながらも気さくで、気配りが出来て、クラスをぐいぐいと引っ張っていく彼女は、リョウの学年のリーダーであり、マドンナであった。その為、リョウも含めて彼女に好意を持っている男子は多かった。

「あ、お、おはよ。随分と遅いんだね」

 リョウは、照れながらそう言った。彼女がこの時間に登校してくるのは、珍しいことだった。

「ちょっと、寝坊しちゃったの。昨日、寝るのが遅かったから」

 都は、そう言うと軽くあくびをした。

「勉強?」

「ううん。違うわ。勉強なんかより、ずっと、いいことよ」

「いいこと?それって、」

「ふふ、ナ・イ・ショ・よ」

 都は、そう言うと人差し指を自分の唇に当て、蠱惑的な笑みを浮かべた。

 それを見たリョウは、なんだか、自分が踏み入ってはいけない場所に踏み込んでしまったかのように感じた。


ーーカンカンカン。


「ほら、ぼーっとしてないで行きましょ?遅刻しちゃうわ」

「う、うん」

 リョウは、歯切れ悪くそう言った。


 なぜ、このような作品を作ったのかと言いますと、それはAIに対抗する為に、AIには出来ない表現を模索した結果です。

 そう、絵画が写真に対抗しようと様々な表現を生み出したように……。

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