誘うあなたはとても美しく
『あーつまらない』
この繰り返す日常をどうにかしようともがいてきたが、変わることはなかった。大学入学直前に某ウイルスが流行り、大学生らしい生活、何か変わるかもしれないと言う期待、その他諸々、全てを奪っていった。まぁ自分でもわかってるさ。世界がこんな状態でも、行動を起こすやつは関係なく行動を起こす。某ウイルスが〜とか言うのは動けがない奴の言い訳にすぎないってことくらい。なんでこんな人間になってしまったんだろうか。考えるだけ無駄なことと分かりながらも悩む自分に悩みながら、2階の寝室に向かった。
階段を踏む足が妙に寒い。窓でも閉め忘れたか。ひんやりと冷たいドアノブに手をかけ、気圧の差で少し重くなった扉をゆっくりと押し開けた。
ぶわっと吹く風に目を細める俺を笑うようにたたずむ白い満月。そのかぼそくも美しい光を妨げて黒く形取る何者かの姿がそこにはあった。
『君、昨日死のうとしてたでしょ?』
え。
『向かいのマンションから昨日君の姿が見えたんだよ』
誰だこいつ。
『私とおんなじ目をしてた』
どうやってここまで。
『こんな世界で一人で寂しく死ぬ』
やばい。
『それってすごく勿体無くない?』
やばい。
『どうせ死ぬならさ、その命、私にくれない?』
逃げなきゃ。
『一緒にきてよ』
...嗚呼...なんて馬鹿馬鹿しい。
思考を停止した頭が静かに動き始めていく。この影は同い年くらいの女の子か。窓の縁に座っている彼女の長い髪はうっすらと月明かりを反射している。なんて美しいのだろうか。そんな彼女に差し伸べられた手を救いと疑うこともなく取り、そのまま二人、深い深い夜の底へと落ちていった。
『ねぇキスしてよ』
『ああ、いいよ』
涙が空へと飛んでゆく。
『私たちもっと早く出会えてたらね』
『ああ、そうだね』
月明かりが照らした彼女の顔はこの世のものと思えないほど美しく、悲しそうだった。
『美しい』
溢れでた言葉に彼女は驚いたような顔し、そして、笑った。
『あなただけよ。そんなこと言ってくれたのは』
煌めく目元とと微笑んだその顔がなによりも美しくて、僕はまたゆっくりとキスをした。
『僕はハルカ。君は?』
『私は...ユイナ』
『...ユイナ愛してる』
『私もよ、ハルカ』
僕におでこを合わせ、彼女は目を瞑った。こんな死に方ができるなんて、考えもしなかった。僕は幸せだ。来る時間にむかえ僕も目を瞑ろうとしたその時、彼女の胸元が青く滲んでいたのに気づいた。
読者様の心に少しでも傷がつくような物語であったら幸いです。