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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者とか、滅べばいいのに

作者: ましろ ゆう


「正義?いま、正義と言ったかね?」


魔族と呼ばれる魔人種、その王である魔王の見つめる先には11人の人間達がいた。

そして、11人の人間達の中央にいる勇者と呼ばれる者は、堂々と聖剣の剣先を魔王へと向けながら答える。


「そうだ!罪もない人々を虐殺する魔族どもは全て滅ぼす!人々の笑顔と安寧を守るため、俺達は正義の名のもとに戦い、ここまでやって来た。悪の親玉であるお前を見逃すわけにはいかない!」


魔王は、人間という種を本当に厄介だと感じていた。

今まで世界には多くの種が存在していたし、言葉を操れるだけの知能を有する種とは全て友好を育んできた。

なのに、こうして会話ができるのに理解し合えないということが、魔王にとてもストレスを感じさせた。


「…君たちの国には動物園や水族館というものがあると聞くが?」


「それがなんだ?」


勇者達一行は、すぐに開戦するとばかり思って気を高ぶらせていたのに、魔王が動物園の話をしだして困惑を隠せないでいる。


「動物園では家族連れで楽しそうに写真を撮ったり餌をやったりするそうだな?水族館では恋人同士でデートをするのが定番だとか?」


「なんだ?魔王様よぅ?まさか死ぬ前に人間様の国でその文化を堪能したいとか言うんじゃないだろうな?俺たちゃそこまで優しくねぇぞ?」


人間達の中で一際体格のいい男が呆れたような口調で答えた。


「勘違いも甚だしい…。もしも我々が人間達を檻に入れ、笑いながら写真を撮り、餌を与えていたら、君達はどう思うのかね?」


「魔族らしい卑劣な考えね!反吐がでるわ」


人間の中で弓を持った女が答え、それに勇者が追随する。


「俺達は魔族を動物園で飼育しているわけじゃない!ただの動物だ!」


「ただの動物…か。君達の商店には動物の肉が綺麗に包装されて並べられているそうだな?バラ肉、肩肉、モモ肉、内臓…良い肉は等級がつけられるそうじゃないか」


「…」


どうやら勇者一行は話の流れがわかってきたのか、それとも別の何かを考えているのか、何も答えない。


「生肉の並んだ空間で、母親が『今夜はすき焼きよ』と言い、手を繋いだ子供が嬉しそうに『やったぁ』と笑う。焼肉店で男達が肉を焼きながら酒を酌み交わし『やっぱり若い牛の肉は柔らかくて最高だな』と笑いあう。君達の言う守りたい笑顔とはそういうものかね?ところで我々が、君達の親、兄弟、娘、恋人、そういった人間を切り刻み部位別に綺麗にパッケージングして、キャッキャと笑い合っていたら君達はどのように思うね?」


「し、仕方ねぇだろ!人間は肉を食わなきゃ生きていけねぇっ!別に殺したくて殺してるわけじゃ…」


人間達の中で、小柄でまだ若い男が反射的に言ったが、言い訳地味ていて自身でもそれを感じているからなのか、尻すぼみになっていく。


「私が『殺したくて殺してるわけじゃない』と言ったら、君の兄弟や恋人を笑いながら食べても許してくれるかね?」


「許すわけねぇだろっ!それとこれとは話が別だっ!」


「家畜と人間を同列に話すこと自体ナンセンスよ!屁理屈をこねて時間稼ぎしてるだけだわ。さっさと殺して終わりにしちゃいましょ。こんな問答意味ないものっ」


人間達は一人の女の言葉に追随して口々に色々な言葉を発したが、結局のところ武器を構えて魔王に向かい攻撃を仕掛けてきた。

それぞれの攻撃を、魔王の側近達が受け止めに行き攻撃を返す。生きるか死ぬか、もう最終決戦だ。

結局は人間に理解を求めるのが間違っていると、魔王はため息をつきつつ勇者を見た。

勇者だけは、いまだに戦闘に参加せず、同じ場所に立ったままで魔王を見つめていた。


魔王は過去を振り返る。

人間という種が発生した当初、魔族は人間とも友好を結べると本気で信じていた。

言葉を扱える知能がある時点で、他の生命への理解、友愛、慈愛も持ち合わせているものだと思っていたからだ。

そもそも魔族は肉など食べない。

魔族と呼ばれる魔人種は、空気中の重魔素を取り込み軽魔素として放出すること、水を摂取すること、果実から糖分を摂取することで生きる種族だ。

世界の恩恵に感謝し、世界のサイクルの一部として、大地に生きるあらゆる種族に友愛を感じながら暮らすというのが魔人種の考え方だ。

もちろん大地には肉食の生命も多く存在するが、彼らとも友愛を結べない訳ではない。

肉食の彼らは、世界のバランスを保つ役割として肉食という存在なのであり、対象となる種の弱い個体やケガをしている個体を間引くことはしても、決して必要以上には狩ったりしない。

そして、恨みや憎しみで襲っているわけではない。捕食者も被食者も、互いに必要であることを解り合って存在している。


当初、人間という種が様々な種の者を捕食しても、それが世界のバランスであると、多くの者たちが間違いなどとは思いもよらず、暖かく見守った。

時を経て、妖精種が世界から姿を消したとき、誰かがおかしいと声を上げた。

美しくて可愛らしい、森を、山を、川を、大地をベールで覆う優しい彼ら彼女らは、人間に狩り尽くされ、滅んでしまっていた。

人間達の街を調べると、愛玩、展示、鑑賞、薬品素材、珍味食材等々として消費されていた。

それでも世界の人間種以外の者達は、人間種にずいぶん優しかった。

そういったことは良くないんじゃないかと、ただただ言葉を尽くして人間達を諭そうと努力した。

そして、エルフ種と竜種がいなくなった。

エルフ種は聡明さと清廉さを持つ気持ちの良い種族だったが、様々な目的の奴隷として、人間達にその尊厳を踏み躙られ狩り尽くされた。

竜種は、人間達に恐竜と呼ばれては危険だからと狩られ、その肉には滋養があるからと狩られ、ドラゴンと呼ばれてはその肉に薬効があるからと狩られ、あらゆる部位に価値があるからと狩られ、殺すことが武勇と名誉であると狩られた。

ここにきて、漸く、残った種族達は人間種が異質で危険であると気持ちを同じにし始めた。

人間種が現れるまでは、違う種族同士でもお互いに敬意を抱いていたし、違う性質を備えていてもそれぞれが世界のバランスのために役割を担っていると認め合っていた。

世界に生きる生命みなが、世界と大地の恩恵に感謝しながら生きていた。

人間のように、自分達が欲しいから狩り尽くすとか、自分達にとって危険だから殺し尽くすとか、自分達のために領土を広げていくとか、そんな風に考える者はいなかった。

人間のように、自分達の都合で川や大地を汚して構わないとか、自分達の栄誉や娯楽で他種族を殺して構わないとか、たくさんの種を檻に入れて自分達は世界の絶滅種を守っているのだとか、理解不能なことを言う者もいなかった。

なにより、自分達は正義で特別だなどと偉そうにのたまう者はいなかった。

みんな、一つの世界に役割を持って、自分達の在り方を誇りに『ひとつの世界』として生きていた。

人間の工業や商業は、川や大地から生命を奪い、森を壊し、そこに住む種族を順番に蹂躙していった。

誠実で堅実な巨人種の国が、ついに人間達に支配されたとき、魔人種は立ち上がった。


人間種は壊れている。


世界にとって害悪以外の何物でもない。何より忌々しいのは、自分達は間違っていない、自分達は選ばれた種族だ、と本気で人間種が思っていることだ。

まるで風呂場のカビのように、頑固でしつこく繁殖していく。いや、カビなどはずっとましだ。

カビなら風呂場の隅でこっそり息づいているし、そもそも世界のバランスにも貢献している。

だが人間種は違う。世界を壊し、当たり前のような顔をして笑いながら蹂躙する。横暴で厚顔でおぞましい害悪だ。あらゆる種族の肉を並べた場所で、あらゆる種族の死体を張り付けた箱の前で、幼い子供までもが無邪気に笑える種族なのだ。

誰かが燭滅せねばならない。魔人種が立ち上がらなければならない。

決断をした魔王は、人間種を狩り尽くせと号令をかけた。

魔王は決して自分達を正義などとは言わない。自分達の都合で多種族を殺すことは、悪以外のなにものでもないことを知っている。だから、悪と言われることに嫌悪は全くない。

悪には悪でしか対処できないことを痛烈に知ったというだけだ。

けれども人間達はどうか。恥知らずにも自分達を正義と叫び魔人種と戦った。

いつしか人間達は魔人種を悪魔と呼び、それはいずれ悪魔族、次第に魔族と言われるようになった。

人間達は、自分達を襲う悪い悪魔達に対抗している正義だと言った。

人間達の言う神や女神といった存在から、力を与えられた、聖具を与えられた、勇者を与えられた、と言った。

馬鹿らしい、世界に神などというものはいない。あえて言うなら自分達を含めたこの世界そのものが神だろう。

もしも本当にこの世界の管理者たる自我などというものがいるならば、今すぐ人間種を滅ぼすべきだ。


しかし、言葉も理屈も、利己的な者に対して何の力にもならない。


その人間種の勇者が、いま、その聖剣を魔王の胸へと突き刺していた。

結局、魔人種にも人間種を燭滅することは叶わなかったのだ。

魔王は、世界を憂う。

この先はドワーフやホビットなども滅びるのかもしれない。まだまだ、いくつもの種が失われていくのだろう。

いつか人間種しか残らなくなったら…、今度は人間種同士で滅ぼし合うのかな?と、魔王はそんなことを思うと少しは気が晴れて、口元が綻んだ。


「勇者…お前たちは自己中心的で、どんなことも自己正当化して、正義などとのたまう。お前達が…正義など…、それがとても腹立たしい…」


それが魔王の最後の言葉だった。

勇者はただただ魔王を見つめ、ずいぶん経ってから一言だけ小さく呟いた。


「人々を守るのが、勇者の正義だから」


もし、人間達の言うように神などという存在がいるのだとしたら、神こそが間違っているのだろう。

世界は優しい者から滅んでいく。

誠実な者から奪われていく。

清廉な者から失われていく。

エントロピーは拡大していく。

純粋なものも、美しいものも、大切なものも、汚れ、墜とされ、壊されていく。

どれほど抗っても、どれほど留めようとしても、神の設定した摂理により、エントロピーは拡大していく。


いま、はるか昔、何百万年、何千万年も昔に、人間種から大地を守るために水と魔素を汲み上げ世界に循環させていた装置は、人間種の間ではピラミッドと呼ばれ、墓扱いされている。

今はただの崩れた石の造形物として、静かに佇んでいるだけだ。

稼働していた頃は、表面が水晶に覆われて美しく、壁面から水と魔素があふれ出して、多くの種を癒していた。

いまは表面の水晶は全て剥ぎ取られ、ピラミッドの周囲一帯は何もない砂の大地となってしまった。

世界の各地で、多くの種を育んでいた巨大な木々たちは、全て刈られ倒され枯れ果てて、いまはただのテーブルマウンテンと呼ばれる山になってしまった。

ピラミッドは数千年前に発祥した人間種の文明によって建造されたと、人間達の間では言われている。

数万年前、最後に世界を憂いた魔法使いが、自らの種もろとも大洪水によって人間種を殺し尽くそうとした。

だが、人間種はしぶとく生き残り、ただ目立つ建造物であったピラミッドに集まって、それが街になったに過ぎない。

人間種に言われているエジプト文明だ。

現在も人間種は、自分達が特別に進化し繁栄していると本気で思っていて、地球の支配者であると本気で思っている。

自分達で地球を壊しながら、自分達は地球を守っていると本気で誇っている。

しかしながら、数千年前の自分達人間種ではピラミッドは作れないのではないか、と言われていささか謎なのだそうだ。

人間種にとって、なぜ謎になるのかと言えば、現在の自分達が最も知的で最も文化的で最も有能な種族であると本気で信じているからだ。

馬鹿らしい。人間種こそもっとも悪辣でおぞましい生物なだけだ。

世界を想い、他者を敬い、世界とともに生きる。そういった種族から滅んでいったのだ。

滅ぼされていったのだ。

古代に遡れば遡るほどに、誠実で清廉で優しい種族達が生きていた。

遥か古い時代にこそ、世界はひとつでみんながみんなの恩恵を受け、感謝しあっていたのだ。

人間が欲望のままに奪い始めてから、すべては失われ壊れていった。

自分勝手な理屈で、襲い、奪い、殺していった勇者たちが正義だと?

残ったものが正義なのでは断じてない!

残った種が最も自己中心的な種であるだけだ!

そして、世界はそういう救えない摂理で出来ている。


笑っている人間種、愛を騙る人間種、正義を信じる人間種。

滅べばいいのに…。


読んでくださりありがとうございました。

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