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初恋シンパシー

作者: 佐倉井悠斗

 昼休み、いつものように教室でお弁当を食べていたときのこと。


「響子!? どうしたの!?」


 親友の由衣(ゆい)ちゃんが突然ギョッとした顔で叫んだ。


「? どうしたのって、何が?」


 私がなんのことだかわからずに首を傾げると、何かがゆっくり頬を伝っていくのを感じたので、慌てて人差し指で拭う。

 指先を見てみると、透明な液体が光の反射でキラキラ光っていた。


「大丈夫……? 何か嫌なことでも思い出した……?」


 心配そうな顔を近づけて、由衣ちゃんがおそるおそる尋ねてくる。

 それも当然だろう。

 それまで普通にお喋りをしていた友人が、何の前触れもなく涙を流し始めたのだから。


 だけど心配はいらない。

 これはそういうものじゃないから。


「うん、()()大丈夫だよ。目になんか入っちゃったのかも。ちょっと鏡見てくるよ」


 そう言って立ち上がる私の制服の裾を、由衣ちゃんは遠慮がちに引っ張った。


「ほんとに大丈夫? あたしも一緒に行こうか……?」


 今にも泣き出してしまうんじゃないかと思えるほど眉根を寄せ、私を見つめてくる。

 私が嘘をついていると思って本気で心配してくれているのだろう。

 とても優しい子で、私の友人にはもったいないくらいだ。


 そんな由衣ちゃんを安心させるように、私は精一杯の笑顔を向ける。


「本当に大丈夫だから! 由衣ちゃんが考えてるようなことじゃないよ。別に何も悲しくないし、苦しくない。だから由衣ちゃんはお弁当食べて待ってて」

「ほんとにほんと?」

「本当に本当!」


 私は腰に手を当ててふんぞり返った。

 ここまですればさすがに信じてくれるだろう。

 由衣ちゃんには悪いが、ついてこられると少し面倒だ。


 薄目を開けて由衣ちゃんの様子を窺うと、だんだん表情が安心に変わっていくのが見え、そして軽くため息をついた。


「なぁんだ、なんか悩みでもあるのかと思ったよ……。よかった、なんにもないみたいで」

「うん。私はいつもど~り元気ですよ~」

「はいはい、わかったから、行ってらっしゃい」

「は~い」


 由衣ちゃんに送り出されて、私は廊下に出た。

 だけどそこからトイレには向かわずに反対方向に歩き出す。


(うーん、こっちかな……)


 一旦足を止め、軽く胸に手を当てて集中する。


(こっちだ……)


 微かに感じる"それ"に向かって、私は早歩きで進んで行った。

 扉を開けて部屋に入ると、木材の優しい香りが鼻孔をくすぐる。


 技術の授業で使う技術室は、クラスの教室から少し離れているエリアにあるため、周りにもこの部屋にも、人の姿は見えない。

 施錠されていないことにも驚いたが、工具類は準備室の方で管理していたはずだ。おそらくそちらには鍵がかかっているのだろう。


(そんなことよりも……)


 シンと静まりかえった教室だが、微かに鼻をすするような音が聞こえてくる。

 私は迷わず奥のテーブルの裏を覗き込み、


「こんにちは」


 と、できるだけ優しげな声をかけた。


 そこにはまだ幼さの残る顔をくしゃくしゃにして涙を流す一人の少女が床に座り込んでいた。





「そっか……。それはつらいよね……。寂しいよね……」


 少女は突然現れた私に、最初は驚きと警戒心をあらわにしていたが、根気強く声をかけるとだんだんと事情を話してくれるようになった。

 どうやら数日前大好きなおばあちゃんが亡くなってしまったらしい。


「優しくて、あったかくて、料理や裁縫も上手で……。大好きでした……。だっ、大好きだったのに……!」


 しゃくり上げながら必死に想いを吐き出す彼女を見ていると、私の瞳からも大粒の涙が溢れてくる。

 私は彼女の肩を優しく抱いて自分の方へ引き寄せた。


 少女も私に体を預けて泣きじゃくる。

 体の震えが直接伝わってくる。


(本当に、この子はおばあちゃんのことが大好きだったんだな……)


 本当は気の利いた慰めの言葉をかけてあげられればいいんだけど。

 私にそんなテクニックはないし、見ず知らずの先輩から知ったようなことを言われても、却って不快にさせてしまうだろう。


 だから私には、こうやって一緒に泣いてあげることしかできない……。


 どのくらい経っただろうか、いつの間にか少女の震えが止まっていた。

 様子を窺うと、泣き疲れてしまったのか、寝息をたてて眠っていた。

 安心仕切った表情の少女を見て、私も少しだけほっとした。


 起こすのも可哀想だからもう少し寝かせてあげよう。

 そう思ったとき、突然大きな音がスピーカーから流れ出した。

 昼休みの終わりを告げるチャイムだ。


 少女も体をビクッと跳ねさせて、慌てた様子で目を覚ます。


「おはよ」

「おっ、おはようございます……、じゃなくて! すみません、わたし……!」


 状況を理解したのか、少女はあたふたし始めた。

 その姿を可愛らしく思い頬が緩んだが、それをずっと楽しむのはさすがに趣味が悪い。


「教室に戻れる? キミが望むなら、まだここにいてもいいけど」

「……いえ、かなり落ち着きました。戻ろうと思います」

「そっか」


 少女の表情は晴れやかとは言えなかったけど、さっきよりはだいぶマシなものになっていた。

 少なくとももう下は向いていない。


「あの……本当にありがとうございました」


 少女が深々と頭を下げたので、私は急に恥ずかしくなってきた。


「いや、私は何もしてないよ。ただ一緒にいて、ただ話を聴いただけ」


 私は笑って誤魔化しながら手を振った。

 すると少女は朗らかに笑って


「一緒にいてくれたことが嬉しかったんです」


 と言った。






 私はどうも変な体質を持っている。

 誰かがものすごく悲しかったり、嬉しかったり、怒ったり、恥ずかしかったりすると、私もそれに共鳴するように同じ感情が湧き上がるんだ。


 誰もが普段感じるようなレベルでは共鳴は起こらない。

 さっきみたいに身内が亡くなったとか、誰かを殴りたい程腹が立ったとか、好きな子と付き合えるようになったとか、そのくらいの強い想いにしか共鳴しない。


 物心ついたときからこんな体質だった私は、人の感情に敏感になりすぎるあまり、自分の感情がよくわからなくなってしまった。


 悲しいと思っても、嬉しいと思っても、もしかしたらこれは私の感情じゃなくて、誰かの感情と共鳴してるだけなんじゃないかって。


 そしていつからか自分の感情に無頓着になってしまった。

 幸い一般的な教養はあったから、人がどんなときにどんな感情になるのか、そういうのはわかる。

 だからその場に合わせた感情表現はできているつもりだ。


 だから生活には困っていない。

 困るのはさっきみたいに突然共鳴が始まったときだ。


 だから私は、お節介を焼く。

 共鳴先の人を探し出して、その人の気持ちを和らげてあげる。

 もちろん、届く範囲で、できることをだけど。


 決してその人のためじゃなく、私が楽になりたいから。

 他人の感情に振り回されるのって、かなりしんどいものだからね。


 でも……。

 さっきみたいに、「ありがとう」って言ってもらえたら、やっぱり少し嬉しい。

 この嬉しいという感情は、多分私の心から湧き出ている本物なんだろうなって思える。


 まぁそんなわけで、自分の感情に乏しい分、他人の心に触れて満たされている気になっているのです。




 少女と別れて私も自分の教室に向かって歩いていた。

 戻るのがかなり遅くなってしまって、由衣ちゃんが心配しているだろう。


「あれ? 高山じゃん」


 なんて言い訳をしようかと考えていると、突然私の苗字を呼ぶ声が聞こえて、反射的にそちらの方を向く。


 そこには汗に濡れた頬を輝かせて笑う一人の少年がいた。


「岡田くん……、また練習してたの?」


 運動着姿でサッカーボールを小脇に抱えている少年は、同じ学年の岡田くんだ。


「おう! 大会近いから頑張んないとな! 高山は何してたんだ? 技術室の方で……。あ、なんか悪いことしてたな~?」


 岡田くんはいたずらっぽい笑みを浮かべて私の顔をじろじろ見てきた。


「そんなわけないじゃん。ちょっと……野暮用だよ」

「ヤボヨウ? ふーん。なんか知らんけど、お疲れな!」


 そう言って岡田くんは私の肩をぽんと叩いて去っていった。


 その後ろ姿を見ながら、私は自分の心臓の鼓動が速く、大きくなっているのを感じた。

 なんだか、とても満たされるような、それでいてズキズキと痛むような。

 これまで何度も感じてきた、誰かが恋をしている感覚。


 私は深くため息をついた。

 やれやれ、また誰かと共鳴してるみたいだ。


 でも私は恋愛は得意じゃないから、助けにはいけない。

 こればっかりは本人に頑張ってもらうしかないね。


 私は心の中で、どこかで恋をしている人に向かってエールを送った。

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